記憶をとりもどせ!
「王弟の息子っていったって、下手打ちゃあその辺のガキどもと一緒にケツ叩かれて怒られるくらいです。別に特別じゃなかった」
首を竦めてそう言い切るヨゼフ。
確かにボスバール国はモンシラ公国よりもはるかに小さな国の規模らしかったから、貴賤の線引きが緩かったのかもしれない。
けれども仮にも王と呼ばれた一族だったのだから、それなりの育ちだったのだと思う。
「ただ、俺からしたら親父は、どうしてもよその国と一緒になるのが嫌で家族を連れて飛び出した挙句、勝手におっ死んだ阿呆でしかないですよ」
その言い方はどうかと思うけど、うん。
いやまあ確かにその選択はいただけない……ねえ。
本人は自分の信念だけを追うことが出来てある意味幸せなのだったかもしれない。
けど、実際は家族を犠牲にしただけだった。両親二人を亡くしたヨゼフは、悪い仲間の中でしか生きていく術を知らなくて、元騎士副団長に拾われなければ今こうしていることも出来なかっただろう。
その上、もしかして下手したら国民までをも巻き添えにしたのかもしれないのだ。
立場ある人間だったらなおの事、第一に考えるべき事がある。
多分リリコットだってそうだ。
悪公女との噂をたてられても、虐げられても、どんな扱いを受けるかもしれない外国へ嫁ぎに来た。きっとそれが、モンシラ公国の公女としてすべきことだから。
そして、おそらくアクィラ殿下もそう思っているはず。
興味がないと公言していた結婚だって、それが王太子としてすべきことだからするのだ。そう、はじめから言っていたじゃない『結婚なんてどうでもいい』と。
そこまで思い出してしまうと、胸の奥から何かがせりあがってくるのを感じる。それが何かなんて今は関係ないとばかりに頭を振り、無理矢理追い出す。
すると、今まで静かに話を聞いていたハンナから思いがけない言葉が飛び出した。
「でしたら、ヨゼフはボスバに帰る心づもりがあって、リリー様について来たのでしょうか?」
一瞬目が点になったけど、そうか、ヨゼフにはそういう選択肢もある。
国としては存在しなくても、何も故郷がなくなったわけじゃない。彼の言う通りなら遊んでいたという年頃の友人たちとて大勢ボスバ領に残っているはず。
私にとっては言葉の先生であり、大事な騎士だ。だけど、ヨゼフが帰りたいと言うのならば止めることは出来ない。
そっと窺うようにヨゼフへ顔を向けると、彼はいつものようにとらえどころのない表情で答えた。
「ないない、帰るつもりは全くないです」
その言葉を聞いた途端私は、ほーっと大きく息を吐いた。とりあえずヨゼフにその気がないと知って安堵したのだ。
「でもー、気になるでしょ?一回くらい里帰りしたらどうですかぁ」
ミヨの言うことも一理ある。せっかくトラザイド王国へと来たのだから、様子を見に行くくらいしてもいいのではないか?それくらいなら、いつだって気持ちよく送り出せる。
けれどもヨゼフはカップをテーブルに置き、両手の平を上に向けた。
「あいつらからしたら、俺はもうとっくによその国の人間です。歓迎はされません」
「……そこまで排他的なの?」
ちょっと驚く。仮にも元王族という立場でもそうなのだろうか?
「まあ言葉が話せますから、会話くらいはしてもらえそうですけど厚遇はされないでしょうねえ。言っときますが、あそこはボスバール語が話せなきゃただの石扱いですから」
それはすごい。石かー……、無機物扱いって怖いな。
何というか、聞けば聞くほど呆れるほど閉鎖的だった。
んん?ちょっと待て。すると、あれ?私がボスバ語を習っていたのって……
もしかして……ボスバ領を訪ねたいって思った、から?
どうして隣国の一部でしかないボスバ領の言葉を習っていたのか、記憶がないから全然わからなかったのだけど、そうか、多分そうなのだ。
きっと、そんな話を聞いていたから勉強しようと思ったに違いない。
その考えに至ったその時、カチリと音がして心の内の鍵穴が見つかった。
間違いなくこれは私の記憶の鍵穴だ。
これが開けることが出来れば、私の忘れてしまった記憶が戻るに違いない、直感がそう叫んでる。
でも、それには肝心の鍵が足りない。なんとかしてその鍵を見つけることが先決だ。
差し当たって、その鍵のありかに一番近いのは、誰であろうヨゼフ。
私がボスバ語を習いたいといった理由がわかれば、その鍵のありかに一歩近づくはずだ。もしかしたらすぐにでもこの頑丈に閉じられた記憶が開くのかもしれない。
大きな期待と小さな不安を込めて、椅子から立ち上がりヨゼフの正面に立つ。そうして両手を合わせた。
「教えてちょうだい、ヨゼフ私があなたにボスバ語を習おうとした理由を知っていたら」
「え、やですよ」
ヨーゼーフーっ!だぁっ!一瞬でも考えろっ!てか、嫌ってなんだ?嫌って!主に向かって即答するならイエス一択でしょうよ。
しかし突然のお願いすぎたかもしれないと考え直す。まああれだ、きっといつもの調子で答えたのだろう。残念な男だけど、話せばわかると思いたい。
「えーっと……お願い、します」
気を取り直してもう一度、私より二十センチくらい背の高いヨゼフに向かい上目遣いで頼み込んだが、あっさりと突っぱねられた。
「自分で思い出してください」
それが出来ないから聞いてるんだっていうの!ああもう、胸の上のこの辺りまで来てるのにぃ!
胸を拳でぐりぐりと擦りながら、うーんと唸る。これはもう最後の手段を使うしかない。あまり使いたくはなかったけれど、今が使い時だ。
人差し指をぴっと上に上げて、ぐっとにらみ上げる。そうして出来るだけはっきりと、大きな声を出した。
「め、命令です。教えなさい、ヨゼフ」
私のその言葉に、口をへの字にしたヨゼフが軽く目をつぶると、両手を上げて降参ポーズをとった。
「ボスバールへ行くんだ、と言ってました」
いやいや、それくらい聞かなくてもわかってる。そうでなきゃ言葉を習うはずがない。
それをリリコットらしく、どう伝えようかと考えているうちに「ごっそーさまでした」と言って、ヨゼフはささっと部屋から出て行ってしまった。
ぐぐっ、これ以上ヨゼフは口を割りそうにもないようだ。
うーん、参った。この調子では、なかなか記憶を戻すのは難しい。




