その上お金もないらしい!?
あーのー女っ!くそっ!
口は悪いと思うけれど、そう言われても仕方がない。それだけのこと、いやいやそれ以上のことをメリリッサはしてくれた。
舞踏会での出来事を思い出しただけでもぷるぷると震えが止まらない。
リリコットとは逆に、私からしたらまだ婚約者のロックス様……なんだか様をつけるのすらムカつくからあのエロ男でいいか?いいよね。そう、あのエロガッパがメリリッサと寝たのは許せる。
言いたいことはいろいろあるけれども、私とメリリッサは瓜二つと言っていいほど似ているのだから、間違えても仕方がないとは思っている。
それに、しょっちゅうメリリッサの代わりをしていたのにバレたことはないのだ。
はっきりいってあれだけ似ている私たちを区別できるのは公国でも数えられる程度だったんじゃないかな?
出会って一年程度、しかもその内に数えられる程しか対面していない相手に区別がつくと思う方がおかしい。
確か一目惚れだという話だったはずなので、エロガッパからしたらリリコットでもメリリッサでも大差ないのだろう。
その時にはすでにメリリッサには婚約者がいたからリリコットを選んだだけだ。
だとしたら、彼にとったら自己申告してきた方がリリコット。
だから問題はそんなことじゃない。
リリコットの悪評を倍に上乗せして押し付けられたメリリッサという公女の立場が問題なのだ。
多分、いや絶対にその『妹の善行を全て食いものにしてきた姉』という触れ込みはこのトラザイド王国へ届いているに違いない。
だって、隣の国なのだ。貴族たちの噂話にだって乗るだろうし、商人たちが交流ついでに話題にだってするだろう。
――今度おたくの国に嫁入りするうちとこの公女様ね、とんだ悪女なの知っていたかい?
そんな嘲笑にも似た噂話が蔓延するのはあっという間。
しかも、これはなまじ事実なだけに反論すらできない。
そもそも自分も元凶の一つなのだ。
メリリッサの我がままのいいなりになり、常に彼女の思い通りになるようにと行動してきた、リリコットが自ら蒔いた種でもあった。
しかしだれが想像できただろうか、『妹の善行を全て食いものにしてきた姉』が全てを白日の下に晒した上で『妹に成り代わってしまった』なんて。
メリリッサのあり得ない行動のおかげで、今の私の立場は本当にどん底だ。
そして、そんな噂を聞いたからこその、この部屋じゃないかと邪推する。
破れたレースに傷だらけの内装、折れた脚の椅子など、普通その国の王太子の婚約者に対しての扱いじゃないことくらいわかる。
たとえ『百合香の世界』であっても、こんなの嫁いびりレベルだ。
はあ。小さなため息を一つ吐いて気持ちを落ち着かせた。
そこまで堕ちた自分の立場をどうやって回復していくべきなのか、考えるだけでも頭が痛い。
一番いいのは、私がアクィラ殿下と心を通わせ、仲むつまじい姿を見せるのが手っ取り早いと思う。
どんなに評判が悪かろうと、二人の仲さえ良ければ大体の雑音は耳に届かなくなるはず。
しかしそれはどうだろうか?
私がリストカットしたと連絡を受け取ってから、彼はわりと早くこの部屋に来たようだったが、あれは見舞いとはとても言えるようなものじゃなかった。
怒鳴るようなことはなかったけれど、苛立ちが思いっきり顔に出ていたし、そもそも掛けてきた言葉は嫌味だらけだったのだ。あれではそう簡単に打ち解けられない。
「どうしようかなー……」
「……あの、リリー様?お水はいかがしましょうか?」
「あ!ごめんね、ハンナ。もら……いただくわ」
そういえば水を入れて欲しいと頼んであった。入れ代わり事件の顛末の記憶を思い出してしまったせいで、すっかり忘れてた。
ハンナからコップを受け取り一気に飲み干すと、少しだけすっきりとし、前向きな気分になる。
まずは、自分の出来ることから始めるしかないわね。
そう思い、あらためて部屋を見回すと、やはりなかなかに酷い有り様だった。
シーツや身に着けている寝間着などはそこそこまともだけれども、それ以外は全くもってよろしくない。
せめて、見た目の気分だけでも上げていきたいと思い、就寝の準備をしているハンナとミヨへと声を掛けてみた。
「ねえ、それにしてもこの部屋はちょっと……寂しいわね。もう少しなんとかしたいのだけれど……」
私がそこまで口にすると、二人ともその手を止めてこちらを凝視している。
あら、また余計なことを言っちゃったかな?でも、オブラートにくるんだつもりだったんだけど、足りなかった?
「ええと、ね……」
「でっしょー?やっぱり、いくら姫様でもそう思うでしょ?この部屋あんまりですもんねっ!」
言い直そうとしたところで、元気者のミヨが食い付き気味に飛びついてきた。私の手をぎゅっと握りしめ、目を輝かせている。
「出来るだけ綺麗にはしてますけど、元がボロっちいんですもの。こんなの姫様には似合いませんよぉ」
こんなのと言いながら、ミヨはぼろぼろのカーテンレースや家具を指差していく。
うん、その通りだと思う。
百合香だった時だって、一人暮らしを始めた頃こそ貰い物のカーテンやら中古の家具を使っていたが、お金を稼ぐようになってからは少しずつだけれど私の好みのものを揃えていった。
そうしていて強く感じたのは、部屋とは自分を映す鏡みたいなもんだということ。
徐々に部屋が整っていくのを見ていくと、私自身がどんどんと形作られていく感じがしたのだ。
それまで誰にも必要とされなかったと思っていたけれども、少なくとも私だけは自分を必要としている。
その時に初めて、心からそう思えることが出来た。
だから、こんな部屋で過ごしていたらダメだ。どんどん気持ちが落ちていくだけ。
せっかくこんなに綺麗な顔と姿を持っているのだ、公女という身分だってある。
必要以上の贅沢をしたいとは思わないけど、その器にあったものを身につけなければ、私自身が勿体ない。
ミヨに向かい、にこりと微笑む。
「ありがとう。それじゃあ思いきって何から何まで替えちゃいましょうか」
私がそう言うと、ミヨは満面の笑顔を浮かべ、返事をしようと口を開けた。
が、それを遮るようにハンナは静かに口を出す。
「リリー様……もしかして、それもお忘れなのでしょうか?」
「え?何を?」
いや、覚えていることの方が少ないので、何かあるなら言いよどんでないで早めに教えて欲しい。
そう思っているのだけど、ハンナはもぞもぞと手を動かすだけでなかなか喋ろうとはしない。
「ごめんなさいね、ハンナ。まだ色々と思い出せないことが多いの。だから遠慮なく教えてちょうだい」
素直に言葉にすると、言いにくそうにしながらも、ようやくハンナが口を割った。
「その、お金が……ないのですが……どういたしましょうか?」