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気分しだいで見まもらないで

 なんとなく落ち着かない気分になってしまった私は、早々にビューゼル先生の部屋からお暇した。

 どっちにしても、このお爺ちゃん先生は宮廷医のトップなので、あまり仕事を邪魔してはいけないだろう。そう言葉にして立ちあがると、ちょっとだけ残念そうな顔をされたが、おさぼりの片棒を担ぎたくはない。最後に、「それでは失礼しました」と告げると、


「気になることがありましたらば、いつでもお声をおかけください」


 そう優しく答えてくれた。


 ビューゼル先生の仕事場兼研究室は、私の居室である棟の真反対にある。だからそこを訪れるということは、どうしても王家の皆さんの居室や執務室などがあるメインの棟を通っていかなければならない。

 来るときはそこまで人の影を見なかったはずだったのに、何故だか帰り道は妙に人とすれ違う。


 まあトラザイド王国はリリコットの育ってきたモンシラ公国よりも数倍大きな国なのだから、王宮内の活気もあるし人も多くていいはずなのだけれど、なんというかこう……視線が痛い。


 なんかめちゃくちゃ見られてるよ。


 そのくせ、ふっ、と私が顔を動かすと、皆それはさりげなく目を外して恭しく頭を下げていく。

 それも、侍女たちのような者だけでなく、明らかにそれなりの地位にいるような仕立ての良い服装の男性たちも、みーんなだ。


 え、私パンダか何か?いや、パンダに頭は下げないか。


 一応これでも公女だし、そもそもがアクィラ殿下の婚約者だ。

 しかももうすぐ結婚という立場なのだからそれも当然と言えば当然なのだが、なんだか思ってたのと違う。


 噂の悪公女相手には、こう、もうちょっと見定めるような?憎たらし気な?そういった目で見られると思っていたのに、どうにも……生温かい感じがするのは何故だろう。

 特に高位に見える人ほどそんな視線をよこしてくる。不躾ではないけれど、ほどほどに温い。


 首を捻るのが本当に常習化してきているが、仕方がない。

 一体どういうことだろうかと考えつつ歩いていると、廊下の向こう側から賑やかな一団が歩いてきたのが見て取れた。


「アクィラ殿下……」

「…………」


 私が見つけたのとほとんど同時にアクィラ殿下の方も私に気が付いたようだ。

 どうやら殿下は外にでもでていたのか、乗馬のできるようなブーツを履き、その額には汗が光っていた。

 キラキラしい金髪がいつもよりもしっとりとして、頬が上気している姿を見ると、なんとなく先ほどビューゼル先生のところで上がった熱がまたぶり返してきそうだ。


 私は慌てて廊下の隅に寄り、殿下のためにと道を開ける。そうして両手を胸の前に置き、軽く膝を折りながら頭を下げた。


 早く、早く行って。


 そんな私の気持ちには全く気が付いていないアクィラ殿下は、私の横にまで来ると足を止めて茶化すように声をかけてきた。


「今日は珍しく自分から巣穴より出てきたようだが、何かあったか?」


 巣穴ときたよ。うん、似たようなものか。

 トラザイドへ来てからというもの、自分から外へと出たのはリリコットが一回、私が二回と、計三回だけだもんね。

 それでも私が覚醒してからこの一週間というもの、ほぼ毎日アクィラ殿下とは会っているんですけど。それでもそう言われちゃうのかな。

 なんか癪に障る。だからちょっとだけむすっとした顔で、答えてやった。


「ビューゼル宮廷医のところへお邪魔させていただきました」


 すると、一瞬ぴくっと体を固くした殿下が、周りを気にしながら会話を続ける。


「どこか具合でも?それとも、その……あー」


 そう言葉を濁したと思ったら、突然私の耳もとへ顔を寄せた。

 瞬間、アクィラ殿下の息が掛かり今度は私の方が固まってしまった。

 掛けられた吐息に、耳もとが熱くなる。


 殿下―っ、なんてことするんだー!と心の中で叫び出したところで、その意図を知った。


「……もしかして、記憶が?」


 あ、そうか。

 私の記憶がないことは、私付の三人の他には、アクィラ殿下とビューゼル先生しか知らないことだったのだ。

 そりゃあ、こっそり尋ねるよね。こんなことが知られると外聞良くないし、予定を変えたくないアクィラ殿下からしたら面倒この上ないもんね。


 ふるふるっと軽く首を横に振り、持っていた扇子で口元を隠すと、私へと寄せていた殿下の顔へ向かい、そっと告げる。


「申し訳ありません、記憶は、まだ。ビューゼル宮廷医へは、昨日のお礼に参っただけですの」


 アクィラ殿下にだけ聞こえるようにと、小さく声を絞ったせいで、思っていたよりも密着してしまったけどしょうがない。


 殿下は私の答えを聞くと、なんとも微妙な顔をして、わかったと小さく呟いた。

 そうして体を真っすぐに直し、私の目をじっと見つめる。


「今日は忙しく、君のところへ寄れそうにもない。代わりと言っては何だが、後で茶葉を持たせよう」

「あ、はい。ありがとう、ございます」


 私の返事を聞くと、柔らかい笑顔を見せながら、では、とお付きの従者たちを引き連れ歩き出す。

 勿論その中にはあの地味顔のカリーゴ様も見かけることが出来た。しかし、見るからにニヤニヤとして笑いをこらえているようだっだ。


 えーと、なんだろう、あれ。そんなに面白いことあった?


 カリーゴ様の態度を不審に思いながら、ふと周りを見回せば、先ほどアクィラ殿下が来るまでよりもはるかに多くの視線があちらこちらから向けられていたことに気が付いた。


「はっ!?」


 思わず声を立てて驚くと、その一瞬で、しゅばばばっと人の気配が消え去った。


 もしかして、アクィラ殿下と私を覗きにきたの?みんなっ!?

 あの、生温い視線はそれかー……


 そういえば、一昨日アクィラ殿下にお姫様抱っこされた時にもがっつり見られたなと思い出した。

 ああ、あれまだ一昨日の出来事だったよね。


 ……トラザイドの王宮の人たちって、そんなに娯楽に飢えてるの?

 妙に熱くなる頬をごまかすのに、そう思わずにはいられなかった。

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