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恋の種

「わざわざお出でいただき、ありがとうございます。メリリッサ公女殿下」

「え、ええ。ビューゼル先生、急にお邪魔して申し訳ありません」


 私に向かい、そう言ってうやうやしく挨拶をするのは、宮廷医のビューゼル先生だ。

 午前中の内にこのお爺ちゃん先生の出仕を確認し、お昼の後でこうして宮廷内にあてがわれた彼の部屋へとお邪魔しにきた。


 恐らく宮廷医としてトップの立場であるだろう彼の部屋だからと、病院の院長室のようなのを想像していたのだけれども意外や意外、ビューゼル先生のその部屋は全く想像を超えていた。

 大きなテーブルの上には一見して怪しげな液体の入ったビーカーやフラスコが並び、干した薬草が天井のあちらこちらからぶら下がっている。この暑い中、向こうの壁際には薪ストーブが火を立て、その上で何かがぷくぷくと煮立っていた。

 さらには私が来るからと急いで隅に動かしたのかもしれないが、実物大の人体模型が丸見えになって置いてあるではないか。

 いや、あれは多分本物の骨格標本じゃないかなー?

 看護学校に置いてあったものよりも、若干いびつな様子が、作られたものよりもより本物らしい。


 うーん、これは研究室と呼ぶよりも、むしろ魔女の部屋だ。


 ここに来るにあたって、宮廷内だが今日は付き添いをヨゼフに頼んで本当によかった。もしもハンナやミヨにお願いしていたら、このおどろおどろしい雰囲気に驚いてひっくり返っていたかもしれない。

 一応、扉近くに置いてあるソファーに座るよう勧められたが、これも普段からあまり使用されていない感じがする。

 ちょっと革破れているし、スプリングは全く効いてない。


 うん、ここが彼のホームならば、私の部屋へ診察に来た時に、何も言わなかったのもわかる気がする。

 ある意味ここもホラーハウスみたいなものだよね。


 そう思いながら部屋を見回していると、ほっほっほ、と全然悪気の無い笑い声をたてて、ビューゼル先生が言葉を続ける。

 白ヒゲはこの部屋によく似あっていた。


「若いお姫様には少々気味が悪いでしょう。ですが、私の仕事には必要不可欠なものばかりですのでご了承ください」


 それは仕方がない。一国の宮廷医ともなれば、内科外科、それ以上のものまで含めて、最新であり最高の技術が必要なはずだ。

 そうでなければ王家の人々の体調を預かるものとしては失格になる。しかし、こうやってビューゼル先生の、薬草関係が多く幅を利かせている部屋を見るに、やはりこの世界の医療は思っていたよりも進んでいない。

 まあこの世界観からして現代日本と同じような医療水準があるほうがおかしいのだから妥当といったところだろうか。


「私の方からお願いしたことですから。それにしても、興味深いものが多くて、つい不躾に見回してしまいました」


 あ、あの薬草って何だろう?ストーブの横に、薪と一緒になって山になっている干した薬草を見て考える。

 リリコットの知識ライブラリーにあれば引き出せると思うのだけれども、残念ながら正解は浮かんではこなかった。

 そんな私の姿を見て、ふむ、と一拍置きビューゼル先生が私の向かいのソファーに腰を下ろした。


「お茶の一つも出せずに申し訳ありません。さて、メリリッサ公女殿下の診察でしたら、お呼びいただければこちらから伺いましたが」

「いえ、私の方は大丈夫です」

「とおっしゃられるということは、『思い出』の方は戻られましたか?」


 おっと、そうきたか。まあほんの一部は戻ったけど、それはバカ正直には語れない。口元を手で押さえ、伏せ目がちに答えた。


「徐々に、ですが。少しは……」


 詳しくは聞いちゃ嫌よーと態度で示せば、そこまでしつこくは尋ねてこなかった。流石は海千山千の宮廷医です。

 あまりこちらへの突っ込みが来る前に、用事を済ませた方がいいかと思って、こちらから話をすることにした。


「あの、昨日は勝手にお名前を出して申し訳ありませんでした。今日はそのお詫びにと参りましたのです」

「ああ、あの騎士の」


 何故か楽しげに答えるビューゼル先生に、お詫びの品としてルカリーオ商会から届いたお菓子の箱を差し出すと、白ヒゲの口元がニヤリと緩む。


「いやいや、あれくらいのことでかえって気を使わせてしまいました。処置が早かったお陰で、幸いにして歪みもなく右足の骨もくっつきそうです」


 やっぱり骨折していたか。

 けど、開放骨折でなかっただけましだと思わなければいけない。あの派手な騎士を思い浮かべ、ほっと息をはいたところ、もう一言付け加えられた。


「若いですからね、肋骨の骨もすぐにくっつくでしょう」


 ヨーゼーフー!ちょ、あんた、手加減できてないからっ!なんで折れてんのよ、肋骨まで!


 私の心の声が聞こえたのか、はて?と首を捻るヨゼフを一睨みして、ビューゼル先生へと顔を向ける。

 良かったですわと答えるものの、頬の筋肉がピクピクするわ。


 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ビューゼル先生は手土産のお菓子にほくほく顔だ。

 うーん、酒飲みっぽい顔をしているくせに、どうやら彼は甘党らしい。だとしたら、また次に何かを頼むときは珍しそうなお菓子を持ってこようと決めた。


 あの派手な騎士はとりあえず騎士見習の宿舎に留め置かれているらしい。そうしてしばらくの間、王宮内で治療を受けていくということだ。


「アクィラ殿下からご指示があったのですよ。医師不足で騎士や見習いたちの治療が速やかに行えないようでは困ると。ですから宮廷内で働く医師たちの勤務体制に少し変更がありそうです」

「アクィラ殿下が……そう、ですか」


 護衛騎士としてバスチフ侯爵家へ仕えていた彼のことは、ナターリエ様の謹慎の責任の一端として、侯爵家から何かしらの処遇を受けるかもしれないと心配していたのだ。

 それが当分の間、王宮で治療ともなれば侯爵家とはいえ何も言ってこられないだろう。


 騎士たちの待遇改善といい、一騎士の処遇といい、私が気にかけていたことをさらっと、いとも簡単に見直してしまう。


 なんだろう、すごく、すごく、自分のことを見られているようで恥ずかしい。いや、気にしすぎ?自意識過剰?でも……


 じわり、頬に熱が上がってくるのは部屋の隅にある薪ストーブのせいだけじゃない。

 なんだかその熱が、全身に回っていきそうで、ほんの少しだけ怖くなってしまった。

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