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ア・ラ・シ

 せっかくのボロ隠しをはぎ取られ、ホラーハウス再びの惨状だ。

 私としては、あちゃーと声を出してしまいそうになったが、私以外の者誰一人としてそのことに全く気をとられていない。むしろ、皆の視線は花柄の刺繍の入った白のクロスへ釘付けだった。


 アクィラ殿下の手で引き抜かれたそれが彼の肩に掛けられると、ただの使用済みのテーブルクロスのはずが、まるで白いマントのようにも見えた。

 金髪に緑の瞳が一層際立つその姿に、思わずぽっと頬が赤らむ。なんてこった、イケメンは何してもイケメンだ。


 そんな私の顔をみて、アクィラ殿下はふっと口元を弛める。

 そうしてクロスの裾を指でつまみあげ、私を挑発するように刺繍部分へ口づけた。


 な、な……何しちゃってんの、この人っ!?ちゅって、え、えーって……


「で、……殿下っ!?」

「では、また明日時間がとれれば寄ろう。それまでにテーブルと椅子は、他の部屋から好きなものと取り換えておくがいい」


 そう言うと、従者を引き連れ颯爽と部屋から立ち去っていった。

 なんだろう、めちゃくちゃスマートな嵐に一瞬で何もかも攫われていった気分だ。あのミヨですら、なんか負けたと小さく呟いていたのを私は聞き逃さなかった。


***


 お茶会、模擬戦、金勘定と、どうにも忙しい一日を終え、ようやく眠りにつけたかと思えば、あっという間に朝だった。あれ、私いつ寝た?

 一瞬で消えた睡眠時間に驚く。それでも窓の外には小鳥のさえずりが聴こえるし、窓から差し込む柔らかい朝日のラインが光って見えるので間違いない。

 少なくとも体の疲れは取れているから、ちゃんと睡眠はとれているのだろう。出来れば惰眠を貪りたいのだけど、元々の貧乏性が未だ抜けていかない。タイムイズマネー、は第一信条です。


 起きたら鳴らせとしつこく言われているベルを振る。

 正直支度は自分だけでしたいけど、この世界のドレスというものは一人で着られる気がしません。コルセットはそれほどきつく締め上げないものの、紐で背中側に縛るものなので最低一人は手伝ってもらわないと無理なのだ。それに、この長い髪もまとめ上げなければいけない。

 だったら始めから支度をお願いした方が時間の無駄にもならないという結論に至るのは早かった。


 そんなことを考えていると、ミヨが今日も朝から楽しげにやってくる。

 本当に、ファッション関係をお願いするときの彼女は嬉しそうだ。大きな化粧箱をドレッサーの上に乗せながら、今朝はもう一つ、なかなか上等な紙の封筒を差し出してきた。


「姫様、昨日話してた五万テゾですけどね、あと一時間もしたら届きますってぇ」

「早っ!……え、早くない?」


 うん、確かに五万テゾ借りるという話はしたけれど、あれは昨日の夕方の話だったはず。

 あの時点ですぐにモンシラのコザック男爵へと手紙を出したところで、物理的に届くはずがない。どんなに早馬を使っても片道二日はかかるはずだ。


 私もしかして三日くらい寝てたの?それともまた記憶飛んだ?いやいや、そんなことないわ、うん。


 一体どんなマジックを使ったのかと口を開けて呆けていると、ミヨは呑気に美人が台無しですよ、などのたまう。

 自分に、どうどう落ち着けと言い聞かせ、なんとか声を絞り出した。


「ちょっと、どういうこと……かしら?」

「あ、お金はー、トラザイドのルカリーオ商会から届きますぅ」

「うん、いや、そうじゃなくってね……」

「大丈夫ですよぉ。ルカリーオ商会もコザック家の持ち物ですしー、ちゃんと話は通じてますからね!」


 くったくなく笑うミヨの姿に、え、マジ?と思ったけど口には出さなかった。


 ルカリーオ商会、それはリリコットの勉強の記憶によれば、トラザイド王国でも有名な商会の一つのはずだ。

 うーん、恐るべしコザック男爵家。どんだけ色んなところへ食い込んでいるのだろうか。

 首を捻り考えに耽っていると、髪をまとめようとしていたミヨに、思いっきり首を捻り直された、痛かった。


 そうして支度に時間を取られている間に、いつの間にかルカリーオ商会からお金と日用品、それから日持ちしそうなお菓子などが一緒に届けられていた。

 ねえねえ、これ受け取りにサインなんかは必要ないの!?一応借りた本人としては気になるんですけど。

 そんな意味合いのことを口にすると、お金と荷物を運んできたヨゼフが呆れたような声を出す。


姫様(ひいさま)の部屋へ一般人が入ることはかないません。俺が受け取り、向こうが承知したのですから大丈夫ですよ」


 いやいやいや、あんたたちのその考え方が大丈夫じゃないからね。なんでそう、大丈夫って言葉だけで片付けようとするの?

 仮にも貸してもらった方が礼を尽くさなくてどうすんのよと、口を開けたところにミヨがお菓子を一粒突っ込んできた。自分でも口をもぐもぐと動かしながらあっけらかんとものを言う。


「まあまあ、いいから。これ美味しいですよ、姫様。沢山ありますし、どっか配りますぅ?」


 お金と一緒に届けられたお菓子は確かに美味しかった。ほろほろサクサクの焼き菓子で、口の中ですぅっと溶けていく。

 くっ、甘いお菓子に弱い私は、それですっかりと懐柔された。

 あまりに早いお金の準備も気になることは気になるけども、それに助かったのも事実だ。ハンナはなんとなく苦々しい顔つきで私たちを見つめていたが、お金に関してはそれ以上突っ込んでこなかった。


 とりあえず賞味期限もわからないが、早めに消費した方がいいだろう。この美味しいお菓子を台無しにするのはとても勿体ない、冒涜といってもいい。


 一箱手に取り、ふむ、どこへ持っていこうかと考えた時、一か所ひらめいた場所があった。

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