君はハナシを聴かない
カツカツと足音を立てながら、アクィラ殿下は私の部屋へと入って来た。
あれ?入室許可してないんだけど。
そんな私の疑問はあってないようなもので、アクィラ殿下はそのままテーブルまで近寄ると私の横の椅子を引き、勝手に座ってしまう。
反対側に座らせていたハンナはすでにテーブルから離れ、一歩下がったところで待機していた。早いな。
「あ、あの……アクィラ殿下?」
私の問いかけも全く聞くことなく、腕組みをしたままでこっちを睨むように見ている。
このタイミングでのご機嫌うかがいなんて、あれか?あれだな。
アウローラ殿下のお茶会でのことしか思いつかない。
アクィラ殿下の後ろには、やっぱり先ほどまでアウローラ殿下に付いていた地味な顔の従者がさりげなく付いていた。
こりゃ全部アクィラ殿下に筒抜けだなと、覚悟を決めて彼の言葉を待つ。
すると、何故かそちらには触れず、全く思ってもみなかった台詞が飛び出したのだ。
「金ならばこちらで手当てする。今から余計な手間をかけることもないだろう?無論、担保など取るつもりもない」
そこはちゃっかり聞いてたんかーい!
油断も隙もないな、この美形の王子様はステルス機能まで付いているのだろうか?
地味顔な従者ならいざ知らず、こんなに派手な外見をしてるのに気づかれにくいとはすごいとしかいいようがない。
しかし、勝手に聞かれていたとは言え、トラザイド側でお金を用立ててもらえるというのは、かなり魅力的な申し出ではある。
私の持ち物はそもそも少ないけれど、やはりミヨが帰ってしまうことがセットの担保というのは、大変困るのだ。
主に私のファッションと精神安定の為に。
『いいじゃん、いいじゃん!出してくれるっていうんだからさー』
と、私の中の悪魔もそれに追い打ちをかけるように騒ぎ立てる。
それでもやはり、ただより高いものはないという考え方はそう簡単には変えられない。
「あの、アクィラ殿下。申し出は大変ありがたく思いますけれども、やはりこれは私どもの問題ですから、こちらで解決するべきだと思います」
「…………」
「その……まだ、正式な婚姻前ですし……」
「………………」
「こ、これ以上……あまり、迷惑をかけられませんので、あの……」
「……………………」
な、なんかもう、断りの言葉を言えばいうほど、アクィラ殿下の視線が痛いんですけど、どうしよう。
ちくちく、どころか、ぐさぐさと刺さってくるのは、何故?
何この押し売りならぬ、押し貸し。
どうにもいたたまれない気持ちで手のひらをぎゅうと握っていると、ふうと小さなため息が聞こえた。
「仕方がない。しかし、あまり無理な借り方はするな」
なんとか納得していただけたようで、ほっとした。
うん、そうだね。返せない金額を借りてしまったら、またメリリッサの悪評が上書きされるもんね。もしかしてアクィラ殿下は、そこを心配していたのだろうか?だとしたら安心してほしいと、にっこりと笑顔を返す。
なのに、アクィラ殿下からは苦虫を噛み潰したような表情を返された……解せぬ。
慌てて矛先を変えようと、ミヨにお茶をお願いする。とりあえず一杯飲ませて帰ってもらおう、などとやる気のない接待をすることにした。
「そういえば、あー……アウローラ殿下のお友達は、あれから無事お帰りになられましたでしょうか?」
何か話題をと考えてからお茶を口にして思い出したのは、あの模擬戦場で泡を吹いてひっくり返っていたナターリエ様のことだった。
ケガをした護衛騎士の状態も気にはなるけれど、正直あれ以上やれることはなかったし、あそこから先は医者の領分だ。
それよりもやはり、私への態度が著しく悪い彼女が、あれで懲りたのかどうかが知りたい。
そう思って尋ねたのに、アクィラ殿下からの返事は、それはもう適当なものだった。
「さあな。カリーゴ、聞いているか?」
ナターリエ様、残念。アクィラ殿下の心の片隅にも引っかかっていなかったよ。
そして、あの地味顔従者の名前がようやく判明しました。カリーゴ様ね、はいはい。
彼はやっぱりアクィラ殿下からの信頼が厚いようで、今日は他にも二人ほど付いてきているけれども真っ先に声を掛けられていた。
「はい、アクィラ殿下。護衛騎士のルイード・バルクスがケガで治療中の為、王宮の騎士をつけて下がらせました。王宮内で騒ぎを起こした責を取って頂く形で、ナターリエ嬢には三ヶ月ほど謹慎していただくよう、バスチフ侯爵家に通達もしてあります。他、コビル侯爵家、エドリック伯爵家も同様に」
「わかった。だ、そうだ」
全く無事じゃなかった。
さくっと処分されていることに驚かされるわ。本当に有能だな、地味顔改め、カリーゴ様は。
まあ、アウローラ王女殿下のお茶会へしゃしゃり出てきたうえに、あんな醜態晒しちゃったしねえ。
ただ個人的には大したことをされた訳ではないし、ヨゼフの剣技も圧倒的過ぎてこちらのほうが恐縮するくらいやり過ぎた感がある。
だから三ヶ月謹慎がどれだけの重さのものかはわからないけど、私のように評判が地の底までは堕ちないようには祈っておこう、はい合掌。
あとカリーゴ様の台詞で、あの派手な騎士が治療中だということを知れたのはよかった。
勝手に白ヒゲのお爺ちゃん先生の名前を出した甲斐があったというものだ。
そのうち、……お金が借りられたら菓子折りの一つも持ってお礼に行こうかな。そんなことを呑気に考えていたら、アクィラ殿下の視線がこちらへと注がれているのに気づくのに遅れてしまった。
「あ……ええと、承知いたしました。ナターリエ様のお身体がご無事な様でよろしゅうございました」
別にする必要もないのに、おべっかでも使うように、つい揉み手をする。
それを見た殿下はまた機嫌を損ねたように眉をひそめた。
「君は、もう少し、お……」
そう一言発すると、何かを考えたかのような顔をして言い直した。
「君は、何を担保にして借りるつもりだ?」




