マジでケガする5秒前
ヨゼフの勝利ということで決着のついた模擬戦は、見習い騎士たちの歓声ほどには勝利の余韻を感じなかった。
それは多分ヨゼフも同じようで、なんとなく面倒くさいことになったなという面持ちだ。私も、もう帰ってもいいのかな?と考えているところを金切り声に遮られた。
「ル、ル、ルイードっ!貴方、よくも私に恥をかかせたわねっ!」
「……っ、ナターリエ様、申し訳、ありません」
侯爵家令嬢のナターリエ様が、荒々しく彼女の騎士の前まで向かい、そう怒鳴りつけると同時に思い切り平手でビンタをかました。
しかし、深窓の令嬢の張り手はたかが知れているようで、仲間に肩をかしてもらってようやく立っている騎士ではあるが、それ自体は全くこたえていない。それがまた腹立たしいのか、ナターリエ様はさらに彼を追い詰める。
「貴方がっ、絶対に勝ってみせるって誓うものだから戦わせたのに、ああっ……もう、なんていうこと」
「はっ、申し訳ありま……」
「ふざけないでっ!あの、悪公女の騎士などに……お前など、もういらないっ!消えて!消えなさいっ!」
動くのもきつそうな体ながらも、跪き許しを請おうとしている騎士に対し、激高しているナターリエ様は手に持っていた日傘を叩きつけた。
うわぁ、それはちょっと……人前で、貴族令嬢がまずいんじゃないの?
そう思ってはいても、あまりに怒り狂っている彼女に向かって、三人娘の仲間ですら誰も止めることが出来ない。
アウローラ殿下など、びっくりしすぎて私の後ろにまで下がってしまった。
二度、三度と日傘で打ち付けると、流石に肩をかしていた護衛騎士がお止め下さいと声を上げる。その制止を振り切ろうとさらに日傘を振りかぶったが、遮る騎士の腕に当たり、ナターリエ様の体ごと飛ばされてしまった。
また運の悪いことに、その醜態を一番近くで見入ってしまっていた模擬戦場の棒持ち少年の肩に、倒れたナターリエ様の日傘が飛び当たってしまったのだ。
グラつくその棒が、少年と一緒にナターリエ様へと倒れ掛かる。それなりの大きさと太さのある棒だ、勢いが付いた状態で倒れ込めば、間違いなく大ケガをしてしまうだろう。
きゃあっ!と令嬢たちが叫ぶ声に我に返った私は、ナターリエ様の方へと駆け寄ろうとした。
が、一歩足を踏み出したところで腕を両側からとられてつんのめった。
「姫様、ケガします」
「メリリッサ殿下、おやめください」
右腕はヨゼフに、左腕は地味顔のアウローラ殿下の従者に、がっつりと捕まれて身動きができない。ちょ、何よ、このシンクロ!
「放しなさい!私よりも、ナターリエ様です。早く、様子を!」
そう言って顔を向けると、すでに棒は倒れてしまったようで砂煙が上がっていた。
思っていたよりも太い棒だったのか、さっきのヨゼフが起こしたものよりも大きく、どうなっているのかがわかりにくい。
ただ、地面にナターリエ様のドレスの生地が広がってみえることから、自力で逃げられてはいないようだ。
「二人とも、早く放しなさい。ヨゼフ、命令です!」
その言葉に渋々従うヨゼフと、それでも放そうとしない地味顔。どういうつもりだと、ぎろっと一睨みしたところで、ようやく解放してくれた。
そんな余計なワンクッションを振り切り慌てて走り近づくと、そこには泡を吹いて腰を抜かしているナターリエ様と、それを庇い弾き飛ばしたため、下半身が倒れた棒の下敷きになっている、あのルイードと呼ばれた騎士の姿があった。
あの、立つのもやっとの状態から自分の主を守ったのかと思うと、少し感動する。
そうしてナターリエ様を一瞥すると、特に大きなケガをしている様子はない。いいとこ擦り傷と打撲くらいだろうから後回しでいいだろう。まずは彼の処置が先だ。
「ナターリエ様の騎士、聞こえますか?聞こえていれば返事をなさい」
地面に座り込んで、騎士の意識があるかどうか確認をとる。
すると彼は呻きながらも、ナターリエ様はご無事ですか?と返事をした。まずは意識もあるし、状況もわかっているようだからいいだろう。
なら次にすることといえばケガの様子をみて、同時に医者の手配もお願いすること。
その旨を近くに居た見習い少年の一人に伝えれば、あわあわと落ち着かない様子で「はひぃいい」とだけ答え走っていってしまった。
え、そんなに私怖い?
少しだけショックを受けている内に、倒れていた棒は動かされ騎士の上からどかされていた。
「どこが痛むのかしら?教えてちょうだい」
もう一度騎士の横に座り尋ねると、痛みに顔を歪ませながらも、私を見て驚いたような表情をみせた。
「あ、あの……右、足が……っ」
「そう、右ね。ヨゼフ、彼のブーツを脱がせて、足を診られるようにしてちょうだい」
私の言葉に、こくりと頷き小さなナイフを腰から出した。
そうして騎士のブーツの革紐部分を一気に切り裂く。ブーツ自体と履いているズボンと共に。
いや、手っ取り早いけど、もう少し上品に……まあいいか、今さら期待しても無駄だ。
腿までむき出しになった足は、パッと見て出血はしていないようだ。けど、ブーツを外した振動だけでも相当痛みがあるようなので、骨が折れている可能性が高い。
「まず固定をしておきましょう。何か添え木になるものは……」
ぐるりと見回しても適当な長さのものは模擬刀か剣くらいしかないが、流石にそれを添え木代わりにするのは遠慮したい。
と、そういえばちょうどいい長さのものを持っているのに気が付いた。
「アウローラ殿下、その日傘を貸していただけますか?」
「え……あ、はい、どうぞ」
後から付いてきていたアウローラ殿下の日傘を手に取りたたむ。そうして自分の日傘と一緒に、騎士の両足を挟んだ。
「ヨゼフ、これを巻きたいの」
それだけで察してくれたヨゼフは見習い少年たちから手ぬぐいを集めて渡してくれる。
「そんなっ!王女殿下の日傘をお借りするなどっ……ぐ……」
「ケガ人は静かにしていなさい、ほらもう少し」
ぎゅっと固定すると、また唸るような声が聞こえたが、こればかりは仕方がない。開放骨折してないだけマシだと思ってほしい。
じゃあ、これであとは医者の所まで運ぶ準備だ。出来れば担架を作りたいのだが、適当な棒はあるだろうか?
あんな倒れているような太く重そうなものでなく、物干し竿のようなものが。
「ねえ、何か竿のようなものはあるかしら?二本!この人の身長くらいは欲しいのだけれども」
そう皆に聞こえるように大きな声を出すと、一人の少年が気が付いたように走り、あっという間にちょうどいい竿を持ってきてくれた。
おあつらえ向きにシャツがいくつか干されたままだ。
「ああ、それでいいわ。二本横に並べて、そのシャツ裾から入れて、袖から一本ずつ棒を通すように、逆もお願い。それを四、五枚重ねてちょうだい」
これでなんとか簡易担架ができた。後は運ぶだけだという頃になって、医者へ連絡をしに行ったはずの少年が走って帰ってくる。
「申し訳ありません、公女殿下。ただいま、騎士を専門で診て下さる医師がいらっしゃらないということで、診察は明日になるということです」
っはぁああ!?いやいや、王宮には他にも詰めている医者がいるでしょうよ。
何言ってるの?何みんなそれじゃあ仕方がないねって空気出してるのよ。
アウローラ殿下の後ろに立つ地味顔を見てみてれば、どことなく面白そうな顔をしてこっちを見ている。なんか試されている気分だ。
私がここで何を言うのかと見張られているようで、あまりいい感じはしない。けども、ケガ人を前にして治療出来るはずなのに、出来ないだなんて言いたくない。
言っちゃダメでしょ。
だから、立ち上がった。そうして皆に向かって大きな声で伝えたのだ。
「宮廷医に……ビューゼル宮廷医に、連絡を入れなさい。メリリッサの要望です、そう伝えて。他の者は、その担架に患者をのせて、宮廷医のところへ突撃しなさい!」
もう、全部私のせいにしていいから、行け!とばかりに、大きな声で命令すると、「おおっ!」と訓練場が一体となって盛り上がった。
悪公女のわがままがもう一つくらい増えてもいいっていう気持ちで吠えたんだけど、何故か騎士見習の少年たちがキラキラした顔でこっちを見ている。
侯爵家の騎士のお仲間の護衛騎士たちも、妙にかしこまった態度で私に向かい礼をした。
なんだろう、思ってもみなかったようなことが起こると困惑するよね。
砂まみれのドレスを叩きながら、とりあえずここから早く立ち去りたいなと思ってしまった。




