GET WILD
模擬戦は何の音もなく始まった。
試合といえば普通、『はじめ』の号令だの、笛の音だので始まるものだとばかり思っていたのに、私の想像とは全然違ったのだ。彼らの戦いは、四方に立てられた赤い布の付いた棒で囲まれた模擬戦場に二人が入ったところからスタートしたらしい。
周りで観戦している見習い騎士の少年たちが起こした突然の歓声で、それに初めて気が付いた。
この世界の試合というものは、こんな風に始まるものかと不思議に思う。
ヨゼフと装飾華美の派手な騎士は棒の外側を歩いていくと、ちょうど反対側隅から模擬戦場へと入った。なので、まだお互い相手の間合いには届いてはいない。それでも模擬刀を構えながら、侯爵家の騎士はじりじりと間合いを詰めていく。
ヨゼフといえば模擬戦場へ入ってから二、三歩進んだところで、全く身構えもせずに模擬刀の柄をぎゅっぎゅと握る。
今さら何をしているのかと思えば、いきなり地面へとその切っ先をぶっ刺したのだ。
うっ!?ちょ、ヨゼフぅ!そんなのありーっ!?
私が目を点にしたのと同様に、訓練場には大きなどよめきが起こった。
しかし、当のヨゼフは涼しい顔をして、また欠伸を一つする。
その姿に、アウローラ殿下を挟んで向こう側に座っていたナターリエ様たち三人娘のあざける声が上がった。
「まあ!もう降参なのかしら?」
「まだ一手も合わせていないのに」
「見ただけでもルイード様のお強さに圧倒されたのよ、きっと」
楽しそうにヨゼフをこき下ろしている彼女たちだけど、わかっているのだろうか?
そもそも圧倒されている人物を目の前にして人は欠伸なんか見せないと。
絶対に、バカにしてるよ。てか、煽ってる。ほら派手な騎士、なんか言ってる様に見えるし。
私たちが観戦している場所は、模擬戦場からは少し離れたところに設えられた。急なことでテントなどの用意が出来なかったから、女性陣はみな日傘をさしながらの観戦となっている。
そして、まかり間違って剣が弾かれても絶対に届きようのない場所まで下げられていた。
その為、模擬戦場からはざっと五十メートル以上離れているので、横向きに話す声は何と言っているかよく聞き取れない。
けどまあ文句なのは確かだろう。
しかし模擬刀とはいえ、切っ先をあんなふうに扱っていいものだろうか?騎士のくせに。
そんなことを考えていると、アウローラ殿下の後ろに控えていた地味顔の従者がポツリと一言漏らした。
「随分と型にはまらない方ですね」
型にはまらないどころじゃない。薄々感じてはいたけど、あそこまで自由人だとは思わなかった。
半分やけくそのように、おほほと笑ってごまかすと、彼は三人娘には聞こえないような小さな声で、今度ははっきりと言い切る。
「すぐに終わりますよ。彼ら、実力差がありすぎます」
その言葉に、へ?と呆けて従者の方へと顔を向けると、目の端にちかっと光が入った。
なに?眩しいなと、模擬戦場へと目を向けると、ざっ、という音と共に、砂煙が立ちあがった。ヨゼフから相手騎士の方へ思いっきり砂が飛び散っている。
え、アレ?もしかして切っ先で砂をかき飛ばしたの!?
そう思った途端、ヨゼフの模擬刀は相手騎士のお腹に吸い込まれるように消えていく。
勿論刃を潰してある剣なので、そう見えただけで次の瞬間には派手な装飾と共に相手騎士の体ごと吹っ飛んでいた。剣一つでそこまで飛ぶんだと、思えるぐらいの豪快な振り回し方に本気で驚く。
うわ、えげつない戦い方だなヨゼフ。
あれが、例の騎士副団長直伝の戦い方なのだろうな。
そんなあまりにも騎士らしくない戦い方に、砂かぶり席で観戦していた見習い騎士たちも物理的に砂まみれになりながら呆気に取られていた。
砂煙が落ち着いても、吹っ飛んだ騎士の体が立ちあがれないのを確認して、アウローラ殿下の後ろに付いていた従者が手を上げる。
すると、模擬戦を見ていた女性陣以外の者が姿勢を正し彼の言葉を待った。
「勝者、メリリッサ第一公女殿下が騎士、ヨゼフ・マリス」
特に張り上げたわけでもないのに、訓練場の隅々にまで届くような声で勝利者をたたえると、一歩遅れたように歓声が上がる。
若干ブーイングが混じっている気もするけど、ヨゼフの戦い方は見習い騎士たちにとっても新鮮に映ったのだろう。それなりに大きな拍手で迎えられていた。
当の本人はといえば、相変わらずの表情で一礼をしただけだった。
「な、な……あんなっ、戦いなん、てっ」
納得できないのは、アウローラ殿下を挟んで向こう側に座って観戦していた、侯爵令嬢のナターリエ様だ。ぶるぶると震えながら抗議をしようと立ち上がったところで、地味顔の従者に制された。
「下されたジャッジには従っていただきます。トラザイド王国の騎士の名誉のためにも」
はっきりとそう告げられては何も言えず黙り込んでしまう。
やっぱりこの従者、ただものじゃなかった。地味顔のくせに、色々と迫力がありすぎる。
「それでは両殿下、及びご令嬢方、勇敢にも戦い終えた騎士たちに労いの言葉をおかけくださるようお願いいたします」
丁寧だけれど、有無を言わさない言葉に従い、彼らの待つ模擬戦場へと足を運ぶ。
そして私たちがそこへ辿りつく間に、侯爵令嬢の騎士は、仲間の護衛騎士に肩をかしてもらいながらもなんとか立ちあがっていた。
けど、相当悔しそうだ。めっちゃこっちを睨んでいる。
アウローラ殿下と私がヨゼフの目の前に立つと、流石に先ほどまでのダレた態度は見せずに騎士らしく立つ。
そうして私たちがかけた勝者を称える言葉に、恭しく礼をして応えた。
人目に付くところだと、ちゃんと出来るんだよねーこの男は。
ちょっとだけ不満げに口を曲げると、吹っ飛ばされ砂まみれになった元派手騎士が、申し立てをしてきた。
「あのような勝負は納得できません。特に、光で目がくらんだ瞬間に砂をかけるなど、騎士の風上にも置けない戦い方です!」
ああ、途中で光ったアレか。剣を振った時に反射したのかと思っていたけど、相手がそう言うのなら多分わざとやったな。
突き刺しただけじゃなくて、剣を太陽に反射させて目を眩ませたんだ。
確かに模擬戦前にあんな口上を立てて格好いい戦い方にこだわっている騎士なら思いつかない戦い方だろう。
でも勝ちは勝ちだし、負けは負けだ。
往生際が悪いのは騎士の風上に置いてもいいのだろうか?
なんて首を捻っていると、地味顔従者が静かに答えた。
「私のジャッジに不服でも?ルイード・バルクス」
「っいえ、そうではなくて……」
「ならばよろしい。それよりも貴殿はヨゼフ殿に感謝をする立場だろう」
え、なんで?捻っていた首をさらに捻り倒しそうな勢いで悩む。
言われた当の本人すらも意味不明らしいその言葉に、地味顔さんがため息をつきながら教えてくれた。
「たとえ刃を処理してあっても、あれだけの鋭さで受ければ、肋骨が折れていてもおかしくはない。刀身で振り飛ばされたくらいで助かったな」
その場で聞いていた者みんなが息を呑んだ。なんという馬鹿力。
あれ、もしかして刃があったら真っ二つとかそういう話?
ちょっと、ヨゼフは怒らせないようにしておこう。




