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今すぐキック・ミー

 どうもこの世界、薄々わかってはいたけど結構な男社会だと言うことだ。

 王女や公女だのが居ようが居まいが、その名誉を守るとかいうお題目で、決闘とまではいかないくても、模擬戦としての手合わせくらいは勝手に決めることが出来るらしい。


 一応アウローラ殿下に付いていた従者に手合わせの許可は求められたが、地味顔のくせに有無を言わせない迫力のせいで、殿下と二人してうなずくしかなかった。

 まあ、それこそが騎士に守られる淑女のステータスだと女性の方も思っているらしいので、ウィンウィンかもね。

 私にはバカらしいとしか思えないけど。


 そうして用意された模擬戦場へと目を向けた。大体、いくら刃を潰してあるからといっても、あんなほぼ剣みたいなもんを振り回して怪我でもしたらどうするのだ。たとえそれが騎士の本望ですなどと言われても、こっちとしては納得できない。


 たった一人の護衛騎士であるヨゼフが怪我したら困ると言うだけじゃない。

 彼はリリコットとは十年のつきあいとなる大事な騎士で、ボスパ語の先生で、そして多分友人だ。


 百合香としては、たった一週間ていどのつきあいかもしれないが、それでもわかる。

 後ろに付かれても全く緊張することもない人は、ヨゼフだけなのだ。


 やはりこの模擬戦を黙認するのではなかったと、観戦の場に用意された椅子から立ち上がりかけたところで、これから対戦する彼らがこちらへ歩いてくるのが見てとれた。


 そうして派手な騎士が、派手な仕草でバスチフ侯爵家のナターリエ様の足元に跪き、口上を述べだす。

 騎士の誇りだの、わたくしの剣だのと、聞こえるけど、バカらしい茶番だな。

 そんなことを考えていると、近づいたヨゼフに声をかけられた。


「羨ましければやりましょうか?姫様(ひいさま)

「いいえ、結構よ。全然羨ましくないもの」

「よかった。手合わせ用の模擬刀でやるとなかなかマヌケに見えるんですよ、アレ」


 じゃあ聞かないでよ。ま、本当にいらないんだけどさ。


「そんなことよりも、ケガだけはしないようにしてね。もし、そうなりそうならさっさと降参してしまいなさい」


 ケガをするだけバカを見る。

 何よりも、ヨゼフが無事な方を取れと告げると、彼は軽く肩を竦めた。


「それは命令ですか?」

「……そうよ、命令。絶対にケガをしてはダメよ」


 そうか、こう言えばよかったのか。命令と言えばヨゼフも断ることが出来ない。次から絶対にこれで止めてやるからね。

 フフンと、勝ち誇ったような笑いを向ければ、ハイハイわかりましたと手を動かして応える。


「昔、姫様(ひいさま)にやられたみたいに、包帯ぐるぐる巻きにされちゃ困りますからね」


 はっ!?こちとら、包帯法の丁寧さには自信があるっていうのに、何を言ってくれるのかな?

 准看の同期では一番上手かったのに。


 そう喉まで上がりかかった言葉をグッと飲み込む。おっと違った、百合香じゃなかった。

 リリコットは公女で、本当ならケガの手当てなんてする立場じゃないのだから、下手で当たり前だ。


 でも、そんな下手くそな手当てでもヨゼフにしてあげたことがあるのだと思うと、やはりケガの恐れがあるようなことを許可するのではなかったと後悔する。

 さっきの自分を蹴飛ばしてでも止めてやりたかった。

 ヨゼフから顔をそらし、うつむき足元を見る。何を言ってどうやって送り出せばいいか考え、そうしてなんとか口から出した言葉がこれだった。


「私、包帯巻くの、結構上手いのよ」


 何を言ってるんだと自分でも思う。

 ケガするなと言っておいて、ケガしても大丈夫と言っているようなものだ。本当にバカだなと、頭を抱えた。すると、そこにぽんとヨゼフの手が乗せられる。


「それは信用出来ないんで、やっぱりケガはしないことにしときます」


 にやっと笑い、サッと振り返ってしまうヨゼフ。そうして赤毛を揺らしながら模擬戦場へと向かって行ってしまった。


 ……あれ?もしかして、なに気にバカにされた?

 くそっ、ケガしたら真っ先にあの口をぐるぐる巻きにしてやる!


 カツカツと姿勢正しく進む派手な騎士の隣、リリコット(わたし)の騎士が飄々と歩いて行く。

 彼が自分で言う通り、本当に十人分くらい強いのかはわからない。でも信用してやるわよ。


 だから、ぐるぐる巻きにされたくなかったら、絶対にケガするんじゃないわよ、ヨゼフ。

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