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胸さわぎが過ぎるよ

 一触即発のその場を取りなしたのは、アウローラ殿下の後ろからスッと出てきた一人の従者だった。


 アクィラ殿下からの差し入れですと美味しそうな焼き菓子をテーブルの上に出された為、私だけでなくその侯爵家令嬢までもが毒気を抜かれ、皆がテーブルにつくことになる。


 全員が着席したところで気がついたのだけど、彼は確かアクィラ殿下の従者じゃなかったっけ?

 あまり特徴のない顔をしていたから一瞬わからなかったけど、その静かな身のこなしに覚えがあった。

 その地味すぎる顔をじっと見ていても、いっさい表情が変わらない。まあここでわざわざ聞くことでもないかと思い、お茶会の方へ集中することにした。


 そうして始まった、会話のいっさい弾まないお茶会だけれども、一応体裁はつくろっている。

 私が名乗ったお陰で、その三人娘がバスチフ侯爵家のナターリエ様他、コビル侯爵家のメリアン様、エドリック伯爵家のセリビエ様だという名前も確認できた。

 仕事をしていた時と同様に、要チェック人物として心のメモ帳に貼っておく。


 どうも最初、アウローラ殿下は元々自分と年の近い令嬢たちとのお茶会を予定していたらしい。そこに、その姉だの従姉だのが取って代わったわけだ。

 そうして年若いアウローラ殿下を取り込んで私の瑕疵を見つけて大げさに糾弾しようとしたのだろう。


 しかしそのはずが思わぬ反撃を受けて、現在はほぼ私を無視しながら、どこそこの誰がどうたらと、中身の無い話を垂れ流している。

 アウローラ殿下はこちらをやたら気にしたように見ているが、気にしなくていいからと笑いかけると、ほっとしたような顔をして三人娘へと愛想笑いを向けていた。


 はてさて、これで諦めて帰ってくれれば楽ちんなんだけどね。

 ここへ来る前は気が付いて欲しくないなんて思ってたけど、いっそのこともっとリーディエナの香水を振りまいて、アクィラ殿下とラブラブですーって態度とりゃよかったかな?とまで考えていた。


 あ、いや、それは私の精神上よろしくないわ、うん。


 あまりの退屈さに思考が変な方向へと向きかけたその時、急に問題の三人が私の方へ向かって、くすくすとあざ笑うような声を上げた。

 敢えて話しかけることもないと、放っておけばさらにその笑い声は大きくなり、とうとうこちらへ聞こえるようにと喋りだした。


「ねえ、皆さん知っていらっしゃる?一国元首のご長女なのに、たった三人の従者しか連れて来られないお姫様がいらっしゃるっていうお話」

「まあ、ありえませんわ、そんな、まさか!?失礼ですけれどお金がないのかしら?」

「それが随分と問題のあるお姫様らしくて……他の者には全て断られたのですって」

「あらあら、下々の者にまで見捨てられるなど、それはお可哀想に。でもまあ、それも仕方がありませんわね、ほら、先ほども……」


 ちらりと私に視線を向け、また笑いだす。

 その態度に怒りを覚えたのか、アウローラ殿下が立ちあがって反論しようとしたのを隣で押さえた。


 リリコットとメリリッサが入れ替わっているという大前提以外は、全然間違ってないから大丈夫。

 それどころか、貴族のご令嬢たちにもその噂はきちんと伝わっているのだとわかっただけでも収穫だ。

 こんな程度の嫌がらせなら殿下の威光(リーディエナ)がなくても自分一人で対処できる。

 もっとも、それ以上の悪意であればまた話は別だけど。


 そんなことを考えていると、不意に何とも言えない気持ち悪さが身にまとわりついているのを感じた。

 足下をじわじわと雨水が滲み染みいって来るような不快感。それが黒い汚れのようにぺたぺたと張りつき上ってくる。得たいの知れないそれを、払い落としたいのに出来ないもどかしさがまた気持ち悪い。


 こんな底の浅い、わかりやすい悪意とはまた別の、もっと形容しがたい歪な何か、そんな感覚――


「メリリッサ殿下は、どう思われますでしょうか?」


 妙な感覚に捕らわれ考えに耽り放っておいたら、なんと直接噛みついてきた。流石に名指しならば答えるしかないと思ったことを口にする。


「え?ああ、よろしいのではないでしょうか」

「まあ、流石はメリリッサ殿下です。たった三人の従者でよろしいのですって」

「いやだわ、ナターリエ様。そんな直接お聞きになってはお可哀想よ」


 楽しそうに盛り上がっているけれど、正直嫌われている人間に側にいられるくらいなら、いない方がいいと思うんだけどね。

 それに、あの三人ならばそれぞれ三人前くらいの仕事が出来ると思っている。休みないけど。

 欲しいかな、休み?そう、後ろに立つヨゼフの方を窺うと、珍しく僭越ながらと自分から声を出した。


「いいわよ、ヨゼフ。こちらは自由にものの言える国らしいから、何かあるのなら言ってちょうだい」


 すこしばかり嫌味も込めて言ってみると、ヨゼフは騎士らしく立ち堂々といい放った。


「はい。私はそのあたりの騎士相手ならば十人分の力量がありますので、一人であっても問題ありません」


 んぐっ!思いっきり吹き出しそうになるのを必死で押しとどめた。


 ちょっと、ヨゼフ!なに言っちゃってくれるのよ!?

 そこかしこに控えてたり、周りにだって表に見えないように何人かの騎士たちも警護にあたっているだろうに、図々しくない?


 周りに意識を向けると、明らかに気分を害しているような若い騎士たちが目に入った。

 勿論それは三人娘たちの護衛騎士たちだ。主人に似て少々装飾華美なところもある上に、こちらに対してもあまりいい感情は持っていないように見える。


 その中でも一番派手な騎士が、斜め後ろから侯爵令嬢へと耳打ちをした。

 それにナターリエ様が頷くと、その騎士はこちらへ向かいゆっくりと歩いてくる。足が進むごとに、腰に帯びた剣がかちかちと鳴る音が聞こえる。

 まさか王女殿下と王太子殿下の婚約者に向かい、直接的な危害を加えるわけはないと思いながらも少し身構えた。


 その瞬間、ヨゼフが当然のように私の前に出て、侯爵家の護衛騎士との間に入る。


「控えたまえ。殿下への拝謁は貴殿に許可されてはいない」


 ヨゼフ、あんたそんなに騎士みたいな言葉を話せたの?って言うくらい、丁寧だが、怒りをはらんだ低い声だ。

 それに対し、近づいた騎士は少したれがちな目じりを下げてにこやかに声をかけてきた。


「申し訳ない、私の用事は貴殿に対してなのです」


 突然の言葉に驚いた私は、思わずヨゼフの裾を引っ張った。


 え、何、ナニ?何が起こってるの!?


 ただそんな私の意思表示を無視して、ヨゼフはその装飾華美な騎士に向かいあごをしゃくり続きを促す。

 それに応えてその騎士は朗々とした口調で話し出した。


「先程の発言といい、随分と腕に覚えがあるようにお見受けいたします。よろしければ私と一手お手合わせ願えますでしょうか」


 いや、ダメでしょう。なーに言っちゃってんの?バカなのこの男!?お茶会の席で?アホか。


 私が声も出せないくらい呆けていると、その隙をぬってヨゼフがサクッと答えてしまった。


「よろしい。貴殿の申し出、確かに承った」


 おぃぃいい!!ヨゼフも何で勝手に受けてたってんのよ!?

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