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アクイの純真

 アクィラ殿下が私たちの部屋へと先触れの連絡を入れていた為、心配したハンナが渡り廊下まで様子を見に来てくれた。おかげで助かった。

 流石にアクィラ殿下にお姫様抱っこされた後で、護衛騎士とはいえヨゼフに抱えられたらとんでもない悪評が何乗にもなってのしかかる。せっかく王妃殿下の覚えがめでたいところなのに、台無しになるところだ。


 腰に力が入らないまでも、全く動けない訳じゃなかったから、両側からハンナとミヨに支えられて、なんとか部屋に辿り着く。

 そうして私が椅子に座りこみ、ようやく一息ついたところで、ハンナが顔を真っ赤にしてアクィラ殿下への怒りをあらわにした。


「もうっ、あまりにも酷い仕打ちですわ!具合の悪い、歩くのもままならないリリー様をあんなところへ置き去りになさって……アクィラ殿下は一体何をお考えなのでしょうか!?」


 普段真面目な人間ほど怒ると怖いというのは、どの世界でも共通の様だ。

 言葉遣いこそ丁寧だが、強い語気にちょっと圧倒される。そう言ってお茶の用意をしてくれているものの、怒りのせいかいつもよりも茶器の扱いが雑にみえた。


「ハンナ落ち着いて。私があの場所までで結構ですと断ったのだから、アクィラ殿下のせいではないのよ」

「まあ!リリー様。ご自分で歩けないほどでしたのに、断られたなんて……やっぱり殿下に何か酷いことをおっしゃられたのでは?」


 がしゃん、と茶器が音を立てた。や、壊れてないよね、アレ?

 じいっとハンナに見つめられ、何があったのかと視線で尋ねられてるけど、やめて言いたくない。


 お姫様抱っこされてのたうち回った上に、香水を耳の裏に付けられて腰が抜けたとか、私どんだけ純真(うぶ)なのかと。


 あー、思い出しただけでも熱い。顔が火照る。

 ハンナの視線から顔をそらし、手を団扇のようにして仰いでいると、横からすっと本物の扇子が出てきた。


「姫様、どうぞー」

「ああ、ありがとう。ミヨ」


 そう言えばフィッティングへ向かう時に手に持っていた扇子だと気が付く。

 お姫様抱っこで頭がぶっ飛んでいたせいか、その存在を全く忘れていたけどちゃんと持ってきてくれていたのか。ありがたく手に取り自分で扇いでいると、すかさずハンナがミヨに向かいそこは侍女が扇ぐものですと叱っていた。

 本当に今日はハンナの怒りの舵があちこち動き回り何が地雷になるかわからない。


「ハンナ、いいから。それよりお茶をいただける?喉が渇いたの」


 ミヨへ助け船をだすようにお願いすると、ハンナは申し訳ありません今すぐ、と慌ててお茶の支度の続きにかかる。

 ミヨは舌を大きく出して、全然気にしていないようだった。相変わらずマイペースな()だと呆れていると、さっきのアクィラ殿下とのやりとりを思い出した。


「ねえ、ミヨ。あなた、どうしてあの場へリーディエナを持っていたの?私は頼んでいないわよね」


 確かにミヨにリーディエナの香水の瓶を預けたが、それをどうするかは当然ながら私が決めることだ。それをマルっと無視をして持ち歩くのは正直怒るべきところなのだろう。

 けれどもその機転のお陰で、アクィラ殿下のお姫様抱っこからの解放をもぎ取ったことは事実だから、その理由だけでも確認しておきたかった。

 するとミヨは一拍だけ置いた後、あっさりと言い放った。


「ま、勘……ですかねぇ」


 は?勘って、ちょ……そんなあんた。あまりにも大雑把すぎるんですけど?

 そう口から不満が漏れだしそうになったけど、その続きを聞いて納得した。


「悪意避けにねえ、なーんか持って出た方がいい気がしたんです。その、勘」


 なるほどねえ、妙な勘だけどもわからないでもない。

 リーディエナの香水は、それは高価で入手困難らしい。きっとこのトラザイド王国でも自由にそれを使えるのも国王一族くらいのものではないか?

 それを私が持っていたとしたらそれは、その立場をおろそかにされているどころか明らかに歓迎されていることになる。実際、アクィラ殿下からもらったと口にしただけで、あれだけ周りがざわついたのだから間違いない。


「もしかして、何かあるのかもしれないと思ったのかしら?」

「そうですねえ。はっきり言って、あると思いました」


 うん、ずばっとものを言うミヨは、話が早くていい。

 つまり、ミヨは今日私に何らかの悪意が降りかかると感じたというのだ。時代劇で出てくる印籠のようにでも使おうとしたのかはわからないが、とにかくそのために持ちだしたというのなら、私も注意する気にはならない。


 まあ、結局のところ悪意避けどころか、アクィラ殿下からの好意がちょっとばかし上乗せされて、私が腰を抜かすことになったわけだけれど。


「わかったわ。じゃあもう一度仕舞っておいて」

「ええー、ダメですよぉ」

「え?」


 まだ何かあるかもしれないというのだろうか?少なくともしばらく用事はないと思うんだけれど?


「アクィラ殿下が、これ毎日付けろっていったじゃないですかぁ、姫様」


 うぐっ!言ったか、そんなこと?あ、言ったわ。それから私の耳もとで、良く似合うって囁いたわ、うん。


 その台詞を思い出して顔が赤らむ。そんな私を見て、ハンナがまた口を出してきた。


「アクィラ殿下は、何かリリー様に強要されたのですか?」


 強要って、いやまあ……あの顔で言われたら断れないけどさあ。

 そういうことではないと教えようとおもったのに、ミヨが横から口を出す。


「そうですよぉ。だからこのリーディエナの香水は、鏡台の上に置いておきます。もしアクィラ殿下の贈り物になんかあったら、私たちモンシラに帰されちゃいますから気をつけましょうね、ハンナさん」

「まあ、そんなことまで!?ええ、絶対に気をつけますわ」


 いや、言ってないし。てか、何かあった時に、絶対自分だけの責任にしたくなかっただけでしょう、ミヨ……


 勝手に持ち歩く大胆さがあるわりには、妙に慎重なものの言い方をしたミヨに、なんとなく首を捻る。

 けれどウエディングドレスのフィッティングからお茶会、はたまたあのお姫様抱っこまで、あまりにも怒涛の出来事の一日に、疲れ切ってしまった私の気持ちはもうすでに浴室だ。


 ゆっくりお風呂に入りたーい!

 そうして早くこの香水を落とさないと。そうでないと、いつまでもアクィラ殿下に耳もとを触られているようで、なんとなく落ち着かないのだ。

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