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ロマンティックが止まれない

 フィッティングと急遽開催されたお茶会に使用されていた部屋からの去り際に、王妃殿下が「またねー」と、その立場に似あわないくらい大きな声で挨拶をしてくれていたけど、正直恥ずかしくて顔を上げられなかった。

 うつむいたまま小さな声でようやく「はい」と返事をしたが聞こえただろうか?


 少なくとも私の真横に顔のあるアクィラ殿下には声が聞こえたようだ。王妃殿下に向かい軽く頭を下げると、もういいだろうと言わんばかりに颯爽と振り返り、扉から出てしまう。

 あ、と思った瞬間には時すでに遅く、ろくすっぽ挨拶もできないままの退出になってしまった。


 そうして私は今現在、アクィラ殿下が王宮のメイン棟廊下を進む中、お姫様抱っこ姿を周囲に晒しまくるという世にも恥ずかしい体験の真っ最中となる。


 私たち主従が住ませてもらっている一番隅の棟とは違い、ここはともかく人通りが多い。王宮内で働く者だけでなく、見るからに偉い人たちもあちらこちらに居る。

 中にはお披露目パーティーで挨拶をした人だって居るし、てか、今あの隅っこで柱に隠れたの国王陛下じゃないのっ、おい。


 そんなあまりにも沢山の好奇の目に晒されたお陰でプチパニックを起こしてしまった。


 そのために、お姫様抱っこに反論も出来ず、なすがままただただその恥ずかしい姿をさらしているのだ。

 しかもこれ、やってもらって初めてわかったのだけど、この体勢は完全に抱っこする人間に体を預けることになるために、かなり怖い。

 どこにも持つものもなく宙に浮いているのだから当たり前か。

 手のひらをぎゅっと握って耐えていると、アクィラ殿下から首に手を回せば少しは落ち着くぞと教えられたので、その通りにさせてもらった。

 確かにそうすれば、かなり安定する。


 けれどもそれは、今の私にとっては間違いなく悪手だった。


 密着度も増した上に、多分他人から見たらラブラブ度も相当増していたようだ。

 どこからともなく、きゃぁああ!とか、いやぁああ!という絶叫が響く。


 ああ、めちゃくちゃ見られてる……恥ずかしさが頂点に上った私は、もう完全に俯いて目を瞑ってしまったのだった。


「っあ、あの……殿下……」

「なんだ?」

「下ろして、くださいませ……その、もう自分で歩けます、ので」


 ようやくその言葉が口から出たのは、私たちが使わせてもらっている棟の一つ前の棟との渡り廊下のところだ。だから、結構な距離をアクィラ殿下にお姫様抱っこをさせてしまったに違いない。


 人一人を抱えるというのは相当な重労働だ。

 准看護師として、入院患者さんの補助をしただけでも相当力がいったのに、抱っこは本当にキツい。私にだったら子供相手がぎりぎりだ。


 そんなことを王太子殿下にさせてしまったことを本当に申し訳なく思う。

 もっと早く自分から言えば良かったのに、人目がありすぎて逆に口を出せなかった。

 人目が少なくなったところまで来てようやく声を出すことが出来たというのに、アクィラ殿下は私の目をじっと見つめて納得のいかないような顔をする。


「顔が赤い。熱があるならこのまま運ぶが」


 いやそれ殿下のせいだよ!


 ずーっとお姫様抱っこで、その綺麗な横顔を晒してさあ。さらっさらの金色の髪が首筋にあたってくすぐったいというか、なんかぞくぞくするし。

 いい匂いもするから、目を閉じても意味がなかったんだよぉ!


「いいえ、本当に大丈夫ですから、どうぞお願いします」


 そんな私の反省と後悔たっぷりの懇願はなかなか殿下の耳に届かないようだ。いつまでたっても地面に着地出来ない自分の足を確認してから、アクィラ殿下の方を見上げる。

 すると思ってもいない言葉がその口から飛び出した。


「リーディエナは、つけていないのか?」

「は?……あ、ええ」


 あの、もしもーし。何言ってるんでしょうか?それって、今聞くこと?


 そんな疑問に首を捻りつつ答えると、何となく不機嫌そうなアクィラ殿下だ。

 しかも、全然お姫様抱っこから解放してくれそうな様子がない。


 ええと、どうしよう。これ、何が正解なのよ?


 どうしようもなくやきもきしていると、私たちの後ろからぴったりと付いてきたミヨが殿下の半歩後ろに立ち、私へと声をかけてきた。


「姫様、リーディエナでしたらこちらにございます」


 そう言って持っていた手提げの中から出してきたのは、確かにアクィラ殿下からもらった青い香水の瓶だった。


 ちょっ、何で勝手にここに持ってきてるの!?

 それっ!いや、確かにミヨに預けていたけど、……え?


 あまりに突然のことに、私が声も出せないくらい驚いていると、ミヨは全くあることないことをすらすらと話し出す。


「アクィラ殿下に下賜されましたリーディエナですが、姫様はどうしても身に余るとおっしゃいまして、お使いになられませんでした。けれども、いつも側に置いておきたいからということで、私がことづかりました」


 凄いな、ミヨ。全然そんな事実ないのに、なんか本当にそんなこと言った気になってきた。


 アクィラ殿下がミヨのその言葉を聞き取り、私へと顔をむけたので、コクコクと頷く。

 すると、フッと軽く口の端を上げたアクィラ殿下が、ゆっくりと私の足を床に下ろしたのだ。


 おおお、地面だ、地面!なんか少しくらっとしたけど、立てたよ!


 一体今の何がアクィラ殿下の考えを変えたのかわからないけど、とりあえずミヨに感謝だわ。

 感激して顔を上げると、ミヨが何故かアクィラ殿下へとうやうやしく何かを手渡していた。


 あれって……あれ?

 勿論それはリーディエナの香水の青い瓶で、アクィラ殿下は躊躇なくその瓶の蓋を外す。

 そうして蓋の内側に付いたリーディエナを指に落とした。


「……失礼」

「っは、い……」


 その指を、まるで頬を包み込むようにして、私の左耳の後ろへと当てる。ひやりとした感覚に息がつまった。


 アクィラ殿下は私の頬に手のひらを当てたまま、じっとこちらを見つめている。


「あ……あの」


 ようやく声を絞りだし息つぎをすると、ふわりとリーディエナの香りが漂ってきた。その甘い甘い香りに、酔ってしまったように顔が赤くなる。

 そんな私の耳もとに、アクィラ殿下が顔を寄せた。


「これからは毎日使うといい。君に……良く似合う」


 そう耳もとで囁くと、頬に当てた手のひらをするりと撫でるように動かした。指が一瞬だけ唇をかすめる。


「っ……な、な、何を……?」


 驚き、慌て、後ろに跳びはね下がり、廊下の壁に張り付いた私の顔を見ると、満足そうな表情で笑うアクィラ殿下。


「それだけ元気になったのなら大丈夫だな。では、残りは希望通り歩いて行くか?それとも」


 リーディエナの瓶をミヨへと手渡し、両手を上げて抱っこの形をつくる。


 いやいやいや、もう勘弁してとばかりに、頭をぶんぶんと横に振りまくる。

 すると、はっ、と楽しそうに息をはき、「それではまた」そう言って振り返った。


 アクィラ殿下の姿が遠ざかっていくのを見つめていると、大きなため息が自然と出る。


ヤバい、今ので腰が抜けて力が入らないわ。ちょっと、本気でどうしようか。

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