ロマンスの王子様
「うふふ。あらまあ、そうなのね」
「お兄様が……あの、お兄様が……」
にこにこと笑顔をみせる王妃殿下と対称的に、驚きに満ちあふれた表情でアウローラ殿下がぶつぶつと呟いている。
侍女たちはすでに何事もなかったかのように真顔に戻っているが、まだ動揺している人も何人かいるようだ。けど、そんなことまでこっちは関知していられない。
恐る恐る、リーディエナの香水の何がどうなのかと尋ねてみれば、思っていたよりもいたって普通の答えが王妃殿下から返ってくる。
「あれは、結婚相手に贈るようにと、アクィラに私があげたものなのよ」
あれ?メリリッサって、アクィラ殿下の婚約者よね。
実際はリリコットだけど、メリリッサとしてここにいるのだから、間違いなく結婚相手のはず。
だとしたら、リーディエナの香水が私にプレゼントされて、どうしてみんなそんなに驚くのだろう?
不思議に思って首をひねっていると、王妃殿下は椅子から立ち上がり、私の隣まできて両手を包むように握ってこう言った。
「十年前、貴女には無理を言ってしまったのではないかと心配したのだけれど、こうして仲良くなれているようで安心したわ」
十年前……そうだ、これだった!
どこかで引っ掛かっていた、十年という言葉は王妃殿下から聞いた言葉。
先日のパーティーで、王妃殿下が私と会った時のことを覚えているかと聞いてきた時に、アクィラ殿下が十年前のことなどすぐには思い出せないだろうと答えたのだ。
十年前ならリリコットも八歳。それくらいの年齢なら、私だって百合香としての記憶もそこそこ多い。もし、リリコットが公女という立場で隣国の王妃と会ったのなら、絶対に覚えているはずだ。
生憎と今はリリコットの記憶が曖昧なため、どう答えていいものかわからない。
けれど、何故だかそのわからないはずのことが気になって仕方がなかった。
胸の奥深いところが、訳もなくざわざわと騒ぎたつ。
この十年前にあった出来事がリリコットにとって、とても重要なことだったのでないかと思うのに、思い出せない。思い出したくない。
えっ、思い出したくないの?
私は、自分で自分の考えを否定したのに驚いた。もしかしてこれは、リリコットの気持ちなのだろうか?
そんなことを考えていると、ずきずきとした痛みがこめかみにささる。
なんだか、頭が割れるように、痛い……
自分でもわかるくらいに血の気が下がってきている。ぎゅっと目をつれば、それに気がついた王妃殿下が心配そうにして声を掛けてきた。
「メリリッサ、貴女顔が真っ青よ。大丈夫?」
「え、ええ。王妃殿下、申し訳ありません。急に頭が痛みだしまして…」
私が、そう言葉を絞り出すと、後ろに仕えていたミヨが慌てて様子を確認しに隣に立つ。
口元が、大丈夫ですか?と動いているのはわかったが、それはダメだろう。
気にしてくれるのは嬉しいけど、目の前にいるのは私よりも高位の王妃殿下だ。侍女がしゃしゃり出る様な真似をしてはいけない。
リリコットの記憶が、ミヨを下がらせようとして口を開きかけたその時、周りが軽いざわめきに覆われた。
「王妃殿下、彼女の体調がすぐれないようですから、今日はこれでお開きということにいたしましょう」
「…………アクィラ殿下?」
思いもかけないアクィラ殿下の登場に驚き、一瞬頭痛を忘れ呆けてしまった。
ええ?何でいるの?ここに!
そんな私の肩に手を置き、アクィラ殿下は王妃殿下に握られていた手のひらを離させるように促すと、テーブルの上のティーカップをスッと遠ざけた。
「そうね、もう少しお話をしたかったのだけれど、仕方がないわ。また今度ゆっくりとお茶しましょう」
「あっ、あの、私も、もっとメリリッサ様とお話したい、です」
王妃殿下とアウローラ殿下が立て続けに言葉を掛けてきた。その嫌みのない言葉に、ホッとして笑顔をつくる。
「はい、本日はありがとうございました」
ぜひまたよろしくお願いいたします、と続けようとしたところで、ふわっと体が宙に浮いた。
んん?と、頭に浮かぶクエスチョンマークの向こう側に、アクィラ殿下の美しい緑の瞳を見つける。
近っ!やばっ!あ、でもやっぱりイケメンだ。
のんきにそんな感想を浮かべていると、きゃああ!と、浮き足立ったような、今日一番の絶叫が部屋中に響き渡った。
少し高い位置から見下ろすと、きちんと仕事をこなしていたはずの王妃殿下の侍女たちが、それは好奇心に満ちた顔をしてこちらを見つめている。
王妃殿下は破顔し、その隣には頬を赤らめ両手で覆っているアウローラ殿下。
ミヨはといえば、今にも口笛を吹こうかとばかりに唇をとがらせている。
は!?え、何?抱っこ!
や、私、アクィラ殿下にお姫様抱っこされてる?え、……ぇええええっ!?




