リーディエナのかほり
フィッティングしてみて気になるべきところといえば、少しだけ胸元が緩いくらいかな。
普通のドレスなら気になるほどではないけど、首すじまできっちりと覆われている、ぴったりとしたマーメイドラインのものだけに、ドレスを納入した店側としては微妙なところが気になるらしい。
このドレスを作るにあたって、サイズの方はやはりモンシラでドレスを頼んでいる店から聞き出してきたようで、実際に寸法をとったわけでもないのにきっちりと仕上げられるのは立派なものだと私は思っていた。
しかし責任者らしき女性は、その胸のサイズが合ってないことについて、とても申し訳なさそうに謝ってくる。
いやいや、実はメリリッサの方がリリコットよりもほんの少しだけ胸が大きいんだよね。
そもそも持ってきたドレスのほとんどで、胸元がゆるめになっているから、モンシラでは私たちのドレス全てがメリリッサのサイズで作られていることになる。
そんな事情も知らない、こちらのデザイナーさんやお針子さんが対応できるわけないのだ。それどころか、私はすごいな流石は王国御用達だと感心していたというのに。
だから、私はこちらに来てから暑さで食欲がないせいか痩せたのだと伝えておいた。実際、リストカットで宮廷医に診てもらい、一日だけだが寝込んでいたという実績もあるから、嘘には聞こえないだろう。
今着ているものもそうだし、この程度なら誤差の内なので、気にならないからこのままでいいですよ、と。
そうすれば、こんなに素晴らしいドレスを作ってくれた人たちのせいにはならないだろう。しかしそれでも平謝りの責任者の人は、今から死ぬ気で手直しすると言って聞かない。
「これくらいならばコルセットでカバーした方が、かえって手直しよりも綺麗にラインがでるわよ」
結局、王妃殿下のその鶴の一声のお陰で、最後にそちらの調整をしてドレス合わせは終了となった。王妃殿下が無茶振りする人でなくて助かったと思う。
もしかしたら悪公女と呼ばれる私に余計なお金をかけたくなかったのかも知れない。それでも無駄遣いが怖い性分の私には、本当に助け船以外のなにものでもなかったのだ。
それでようやく部屋に帰れると思いきや、何故かそのまま王妃殿下とアウローラ王女殿下と一緒にお茶を飲むことになっていた。
ドレスが片付けられると、あっという間にお茶の用意がされた。王妃殿下の侍女たちは素晴らしく手早く支度をしていく。ハンナやミヨも比較的卒なくこなす方だけれども、とてもじゃないけど敵わない。
珍しくミヨが静かにしているので、彼女たちの極意を少しでも勉強しているかと思ったら、片付けられていったドレスの行方を名残惜しそうに見てただけだった。
残念な期待は本当に裏切らないな……
そして残念な自分の侍女の姿を横目で見ながら目の前に置かれたお茶のカップを手に取り香りをかぐ。
するとすぐに気がついた。
「この、香り……リーディエナでしょうか?」
ほんのりとだが、確かにアクィラ殿下にもらった、あの香水に似た甘い香りがあとを引くように漂っていた。
私の呟きに、王妃殿下は『まあ』と喜び、周りの侍女たちは驚いたように息をのむ。
「よくわかったわね。つい最近出来たばかりのお茶なのよ。リーディエナの香りをもっと気軽に楽しんでもらおうと思って、開発させていたの」
「そうなのですか」
一口お茶を飲み込むと、さらに喉から鼻孔へとリーディエナの香りが強く立ち上る。
うーん、これは余計なものは何もいらないわ。ストレートで飲むのに相応しい。ちょっと感動する。
香水にすれば高価過ぎるし、生花は流通が難しい花を、お茶にするとはよく考えたものだ。
これなら新しい特産となるんじゃないかな。そう思いながら、もう一口いただく。
やっぱり美味しいなと、その香りを堪能していると王妃殿下から質問が飛んできた。
「ところでメリリッサは、いつリーディエナの香りを?大公妃はあまり香水を好まないでしょう?」
そうなの?それは知らなかった。
というか、思い出せていないと言うべきか。ここは否定も肯定もせずに曖昧に笑う。
「あら、メリリッサ様は香水がお好きなのよ。……その、そういうお話を、聞いたことがあるの、だけれど……」
すると、アウローラ殿下が思いついたままを口に出してしまってから、しまったという顔をした。きっと噂の一つとしてどこからか聞いたのだろう。
うん、メリリッサは山ほどの香水を持ち、リリコットにもそれをつけるように強要していた。だから確かに好きなんだろうけど、リーディエナの香水は多分持っていなかったと思う。そんな高価で珍しい香水を持っていたのなら、遠慮なく使いまくって、そして自慢する。そういったタイプだよね。
私がこの香りを知ったのは、トラザイド王国に来てからなのだ。
「あの、先日アクィラ殿下がリーディエナの香水をくださったものですから、それで」
そこまで言葉に出した途端、周りが一瞬でざわついた。さっきの驚きなど比べものにならないくらいだ。
なんだろう、侍女たちにすごくすごく見つめられている。
アウローラ殿下も目を見開いているし、王妃殿下は満面の笑顔を向けてこっちを見つめている。
えーと、私、何かそこまですごいことを言ったのだろうか?
気になる、けど、なんか怖くてちょっと聞けない。




