お義母さんといっしょ
「ちょっとちょっと、昨日の話聞いてくれる?百合香。ありえない、ホントお姉ちゃんのダンナんとこヤバいわ、あれ」
「え、どうしたんですか、稀來姫さん。昨日は確かお姉さんのウエディングドレスを一緒に見に行ったんですよね?」
「それがさー、お姉ちゃんのダンナ、あっちの母親まで連れてきてんの、マジでないわ。普通置いてくるじゃん?母親なんか」
私よりも三つ上、高卒で看護学校に入学した同期生の、ちょっとなんでそう読むのかよくわからない名前、河合稀來姫さんが、キモイを連発しながら私に向かってそう話しかけてきた。
出来……、いや授かり婚をしたあなたのお姉さんのウエディングドレスを見に、確かあなたの母親、さらには妹も一緒に付いて行くんだと、休み前に張り切ってたよね。そっちはいいのか?などと、思っても口にしてはいけない。多分それは不正解。
適当にうんうんと相槌を打ちながら受け流していると、そこにもっと大きな声で参戦してきたのは、推定30代後半の同期生山田桃子さん、男子二人の母親だった。
「そりゃあ別にいったっていいじゃない、今時普通でしょ?だいたい誰がお金出すと思ってるのよ、ねえ?お金だけ払って口出すなって言われるんじゃ嫌だわ」
それ私に振らないで欲しい。施設育ちで普通の家族、親族の付き合い方なんてただでさえ知らないのに、嫁姑合戦の火種になりそうな話になんて答えていいかなんて知るか。無言で一歩後ろに下がると、もう私のことなどお構いなしに二人でヒートアップしつつ罵りあっていた。
そうして、普段はとても優しくて、まるで理想のお母さんみたいな山田さんと、ちょっとヤンキーだけど情に厚くて面倒見のいい稀來姫さんの壮絶な言い合いを薄目で見ながら思ったのだ。
結婚式のウエディングドレスや新生活の家具なんかを選ぶのに、義母や小姑が付いてくるほどヤバいことはないと。
勿論当時は当てなど全くなかったからこその感想だったのだが、その後色んな人に聞いた話でもまあ似たような意見だった。だから思ったのだ。もし将来、自分に結婚などという話が降って湧いて来た時には、絶対に二人だけで全てを決めようと――
まあ結局そんな希望はまるっきり通りませんでしたけどね。
長い回想の果てに我に返れば、私の目の前には美しき一国の王妃殿下がいて、その一番下の娘であるアウローラ王女殿下がちょこんとソファーに座っていた。
ダメじゃん。15の決意なんて全く意味なかったよ。お義母さんだけじゃなかったよ、きっちり小姑まで付いてきていた。
うん。そりゃあ冷静になって考えれば、この結婚は国同士の繋がりの儀式なのだから、前の世界の様に二人で決めましょうなどという甘っちょろいことが言えないのはわかる。
そもそもドレスは伝統のものと既に決まってるし、これは最終のフィッティングなのだ。今さら何を言ってると自分に言い聞かせる。
ただ、でもね、義母さん&小姑が来るんなら、先に言っておけよ、アクィラ殿下ぁーっ!
言えよっ!報、連、相!すっごい大事だからね。
こういうこと伝えずに連れてくるから後から色々言われるんだよ、男性陣!まあ先に言ってもアレかもしれないけど。
まさかこの二人がいるとは思わなかったから、ものすごく慌てたじゃない。
変な声が出そうになったけど、今日の付き添いのミヨに、後ろから手刀を受けて一応踏みとどまった。本当にただドレスのことだけしか頭になかったからびっくりした。
部屋に入り、なんとか失礼のないように二人に挨拶を済ますと、周りの侍女たちに早速ですがと言われて、ドレスのフィッティングの為の衝立の中に放り込まれる。
手早く今着ているドレスを脱がされると、あっという間にウエディングドレス姿にされてしまった。
そうして真っ先に王妃殿下の前へと出され披露させられた。
「素敵だわ、メリリッサ。本当によく似合うわよ」
「ありがとうございます、王妃殿下」
王妃殿下へ一番に確認させた後、ようやく姿見が差し出され自分でも見ることが出来た。
首元から手元まできっちりと覆われたマーメイドラインのそのウエディングドレスは、真っ白な総レースのとてもクラシカルなもので、露出部分が一切ない。
唯一出ているのは顔だけなのだが、これもすぐそこに飾ってある長いベールを被ってしまえば全く隠れてしまうだろう。
なるほど、これは確かに伝統のドレスというべきものかもしれない。
この間のパーティーでも、その前のモンシラでの断罪パーティーでも、このタイプのドレスを着ているような女性は誰一人としていなかったはずだ。
どんな年齢の女性でも、肩を出し、大きく膨れ上がったスカートのドレスが当たり前の中、このマーメイドラインのドレスはとても新鮮に思えた。
それにこの楚々とした感じが、リリコットにとてもよく似合っていると自画自賛する。
「あまりにも美しいドレスで驚きました。この素晴らしいドレスを着て、アクィラ殿下の隣に立てることに感謝したいと思います」
そう言葉がするすると流れ出た。そうか、私はこれを着て、あのアクィラ殿下と結婚するのか。何故かあらためてそう思うと、自然と顔が赤らんでくる。
私が口の端を少し上げ、恥ずかしそうに感謝を伝えると、悪公女との噂を知っているだろうはずの侍女たちからも、感嘆のため息がもれていた。
「まあまあ、嬉しいことを言ってくれるのね。ほら、アウローラ、本当の淑女が着ればとても美しいドレスなのよ。あなたは古い古いって言っていたけれど、メリリッサの姿はどうかしら?古臭く見えて?」
王妃殿下がアウローラ殿下へと言葉をかけると、私を見て、ぽおっと呆けていた顔が、急に赤くなった。
「だ、だって、古いデザインなのは本当じゃないっ!今時こんなドレスを着る人はいないわ。でも、そうねっ、……メ、メリリッサ……様の着てみたところは、悪く、ないわ……」
やだ、可愛い。なにこのツンデレ。
顔を真っ赤にしながら、ぷうっと口をふくらませて答える姿にちょっとキュンときた。あれ、もしかしてこれ嫌われてないどころか、逆?
こんなふうに褒められるなら、義母付き小姑付きのウエディングドレス内覧だっていいじゃない?なんとなく気分が浮きたち、早速そう宗旨替えをした。




