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うわさに、なりたくない

「っはー……」


 お腹から大きく息を吐き出すようにため息をつけば、何も事情がわからないミヨが心配そうにこちらを覗き込み、おずおずと声をかけてきた。


「リリー様、あの……なんだかよくわからないのですが、大丈夫でしょうか?」

「ええ、そうね。まあ、多分……」


 そう言ってミヨの方を振り返れば、彼女も呆れたように手のひらを上に向けて肩を竦める。

 

 全然大丈夫じゃないわよねえ。


 私がアウローラ殿下を部屋に連れてきたのも、彼女が泣きながらこの部屋を飛び出したのも事実。

 そのことだけを切り取って見てみれば、今ハンナが聞いてきたような話になるかもしれないけれども、それは過剰な言い掛かりで修飾された悪意ある噂でしかない。


 実際は、生垣に頭を突っ込んでぼろぼろになったアウローラ殿下を介抱し、綺麗に飾り立てどこからどう見ても不備なく仕上げたというのにもかかわらずだ。

 つまりこれは、私の悪評が王宮内で働く人たちにまで浸透し、その上私がかなりの色眼鏡で見られているという証明に他ならない。


 ふう。皆の噂に対する反応は、わざわざもう一度確認することもなくわかってしまった。

 なんというか、やはりと言うべきだろうか、ここまで地に堕ちた評判というものはなかなか復活させるのは難しそうだ。これ以上噂になりたくはないから、また少し大人しくしていた方がいいだろう。


 とりあえず私の評判はともかく、それをネタとして仕えてくれるハンナやミヨが嫌がらせを受けているということはないかと、そっちのほうが心配になった。


「それよりも、あなたたちの方はどうなの?何か、問題はあるかしら?もしあるようならば教えて欲しいのだけど」


 特にハンナには外周りの仕事を多くお願いしてしまっているせいで、王宮内で働く他の人たちとの接触が多い。さっきのアウローラ殿下の噂を聞いてきたのもそのせいだろう。


「私は特に何もありません。そんなことよりも、私にはリリー様がお心静かに過ごされることが一番大事ですから」


 ハンナは優等生だなあ。

 リストカットの後で私が覚醒してからもずっと、リリコットが一番という態度を崩さない。


 実は私の記憶としては、ハンナのことで覚えていることはとても少ない。

 ハンナ・バーリは同じ年の乳姉妹で、その母親である私とメリリッサの乳母は、大公妃殿下付の侍女頭である。そのハンナの姉はメリリッサに付いてガランドーダへ行ってしまった。たったこれだけ。


 けれどこれだけをみても、私たち母娘(おやこ)と相当長い付き合いになるのはわかる。

 それにもかかわらずこれ以上思い出せないということは、それは私が勉強して覚えた知識などないほどに深く関わってきた証拠なのだろう。


 でもそれだからこそ、そんなハンナのことを考えると少し申し訳なく思う。

 乳姉妹でもあり、わざわざ私に付いてきてくれたということからも考えて、人一倍主思いなのかもしれないけれども、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないかな。

 きっと、それを口に出せばまた固い言葉で返されるだろうから、おいおい記憶を思い出したら、あらためて感謝の言葉と共に伝えていこう。


「わかったわ。ありがとう、ハンナ」


 とりあえずそう言葉にすれば、ほっとしたように笑うハンナ。

 さて、こちらの方はこれでいいとして、もう一人の侍女、ミヨの方へと顔を向けると、それは元気よくハイハイッ!とばかりに手を上げて待っていた。


 うん、ミヨの方はもう少し肩に力を入れて欲しいわね。あと、たかだか五日ほどの付き合いで主として敬って欲しいとは言わないけれども、ハンナの眉間から皺が消えなくなるから、ちょっとだけでも大人しくして欲しい。

 ミヨは記憶を失う前のリリコットにも、こんな態度で接していたのだろうか。だとしたらそれも結構な不敬だよね。


「ええと、ミヨ。簡潔にどうぞ」

「はいっ!私も姫様の評判はどうでもいいんですけどー」


 おい待て。ハンナはそこについて問題ないという意味でいったわけじゃないわっ!

 ああ、また眉間の皺が深くなってるじゃないの。そんな私の心の声は聞こえないかのように、ミヨは言葉を続ける。


 そうして特大の爆弾を落としたのだ。


「結婚式用のドレスってどうなってますぅ?今日で、式までちょうどひと月きりましたけど?」


 おぃいいいいい!?


 え?何?そんな大事なこと、今ここで言うの?いや、ホントはもっと早く言うべきことじゃないの?

 てか、私そんなこと全然何にも知らないんですけど!?


 うん、記憶がないんだから私が知らないのは当たり前よね。

 そうだそうだ。けど、今ここでは衣装担当になっているミヨも知らないとか、普通はありえない。

 思わず勢いつけてハンナの方へと振り返る。髪の毛の下ろしている部分が顔にめっちゃかかったけど気にしてる場合じゃない。


 知ってる?知ってるよね?ねえ、知ってるって言ってよ!


 ハンナの戸惑う仕草に、ぞおっとした。悪寒が駆け上がり冷や汗が背中を伝う。

 まさか、また例のアレじゃあないでしょうね?どきどきと心臓が早打ちするのを押さえながらなんとかあの名前を口にしようとするけど、あまりのショックで上手く言葉になって出てこない。


「メーメーメー……」

「めぇ?羊……素材はウールですかあ?」


 このクソ暑いのに、ウール素材のドレスなんか着るかあっ!


 そりゃあ私はドレスの素材とかよくは知らないけれども、ドレスのイメージとして普通はシルクとかじゃないの?

 だいたい、外めちゃくちゃ暑かったわよ。

 いや、違う違う。そんなことが言いたいんじゃなくて、アレよ。あの女狐のことよ。


「メリリ……」

「勿論儀式用のドレスはこちらで用意している。それが伝統だからな」

「ふぁへっ!?……ア、アクィラ、で、殿、ひっくっ」


 なんで、今ここに、彼が居るのよ?


 部屋の扉に寄りかかり、優雅に腕を組みながら私の方へと言葉をかける。

 けど、こっちはアクィラ殿下が来るだなんて聞いてないんですけど?ヨゼフ何やってんの、仕事しろ!


 突然の来訪に驚き、思いっきり唾を飲み込んだせいで、しゃっくりが飛び出してしまった。

 ひっくひっくと痙攣する私に、ハンナが慌てて水差しから注いだコップを渡してくれる。

 こういう時は、お箸をバッテンに置いて水を飲むと直ぐにしゃっくりが止まると施設のおばあちゃん先生に教わっていたけど、生憎ここにはお箸はない。仕方がないから変な格好になるけど、両指でバッテンを作ってコップの水を飲む。

 そうしてなんとかしゃっくりが止まり、ふうと一息つくとなんだかとっても嫌な視線を感じた。


 あ、やばっ。どうみてもこれは公女の振る舞いではないと、今になって気が付く。

 そっとアクィラ殿下を覗き見れば、口元に手を置いて、なんともいえない表情をしていた。


「……面白い水の飲み方だな。何かのまじないか?」


 そうだよー。わーん、ついつい昔の癖が出ちゃったじゃないの。しょうがないじゃない。


 ああ、もう今日は本当にろくなことないよー。この兄といい、妹といい。絶妙のタイミングで色々とかましてくれる。厄日だわ。

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