お話し上手にできるかな?
隣国とはいえ、トラザイドの日差しはモンシラのそれよりも強い。こうして日傘をさしていても、レース部分をすり抜けた太陽がチクチクと刺すような感覚さえする。
そうするともっと色の濃い日傘の方がいいかもしれないと思った。
私の後ろに付いているヨゼフは、日傘どころかかっちりと上着を着込んでいる上に、帯剣もしているから、もっと暑いだろうに全くそんな素振りも見せない。
庭に出て真っ先に尋ねると、うんうんと首を縦にふるだけで答えるから、結局どうなのかさっぱりわからなかった。
そうして花壇のところへ辿りつき、色とりどりの花が植えられているのを見ているうちに、ふと気になっていたことを思い出した。
「ねえ、ヨゼフ。私はあなたに、ボスバの言葉を習っていたのかしら?」
私の唐突な質問に、少しびっくりしたものの、ああ、と直ぐに納得したような顔をした。
私が記憶をなくしている部分があると、ハンナかミヨに聞いているのだろう。ゆっくりと話し出す声は大きくはないが、よく通っていてなかなかの美声だった。
「そうです。俺が、教えました」
なんだ、普通の言葉も喋れるんじゃないの。訛っているから喋らないとばかり思っていたわよ。
「そう。いつぐらいから、習っていたの?」
「十年、です。騎士副団長が、俺を拾ってくれてからちょうど一年後でしたから」
「拾った!?」
私の驚きの声に、軽く頷くヨゼフ。ちょっとばかし穏やかでない話のようなので、ゆっくり聞いてみたいと木陰に置いてあるベンチへと腰を下ろした。ヨゼフは当然のようにベンチの後ろに立つ。
私一人が座っているという構図は、あまり居心地のいいものではないけれど、従者が主の横に座るべきではないというのはなんとなく理解できるので、さくっと話を進めよう。
「どういった状況だったのか、教えてもらえる?ごめんなさいね、私昔の記憶が曖昧なのよ」
「聞いています」
大っぴらにできることではないのでそっと伝えると、小さく頷かれた。
「そうですね、十五年前にボスバール国がトラザイドに統合されました。俺の両親はそれに納得できず一家で国を出てモンシラへと移住しましたが、田舎で特に手に付いた職もないものが、それ以外の土地で暮らしていけるほど簡単ではなく、相次いで両親が亡くなりました。一人、ごろつきの手下みたいなことをして生きていたところ、11の時に騎士副団長に捕まりまして今にいたります」
「……随分はしょったわね」
「まあ、そこまで楽しい話でもないですし。そして、俺がボスバール国の出だと知った副団長が、姫様が言葉を教えて欲しがっているからと、公邸へ押し込みました」
騎士副団長と言われると、豪快なおじさんの顔が浮かんできた。
ええと、子爵位もあり、リリコットとメリリッサの区別がつく、数少ない人だったような気がするんだけど、あの断罪パーティーでは顔を見た覚えがない。
「その、騎士副団長は、今は?」
「去年、病気で引退しましたよ。ここへ来る前に挨拶をしに行ったら、自分があのパーティーに出ていたら、ぶん殴ってやったのにと嘆いておいででした」
誰をだよ!?
流石に大国ガランドーダの王太子をぶん殴るとかいうのは勘弁して。そんなことになったら騎士副団長より先にモンシラ公国が亡くなっちゃうからね。
しかし、そうか。あちらの国にも、付いてきてくれた三人以外にもリリコットのことを心配してくれる人がいたんだと知ってほっとした。
そして、もう一つわかったこともある。
「えーと、ヨゼフって、結構喋ろうとすれば喋れるのね……それに、全然訛ってないし」
百合香としての記憶が覚醒してから、私とは一言も口をきいていなかったせいで、無口だと勝手に思い込んでいたが、思ったよりも饒舌なヨゼフに呆気に取られる。
私がそう言うと、ヨゼフは軽く肩を竦めてあっさりと言い放った。
「もう十五年もモンシラにいますから、めったなことじゃあ訛りなんか出ませんよ。あと、喋らなかったのは、単純に話す相手がいなかったからですね」
それもそうか。そもそも私のたった一人の護衛騎士として、ヨゼフは部屋の前に立ちっぱなしだった。労働条件としたら最悪だよね。
流石にこれはどうにかしてあげなければいけないんじゃないかと思う。もう一度、アクィラ殿下と話す機会があれば、一人くらい交代要員を頼んでみようかなと考えたところで気が付く。
「めったなことじゃ出ないって……なんでアクィラ殿下に向けては出たの?あのボスバ訛りは?」
「ああ……ムカついた、から?」
「はっ!?」
「まさか、ボスバールの言葉を知っているとは思わなかったので、つい」
つい、じゃないだろうがっ!
ああ、ロックス殿下をぶん殴るといった騎士副団長のお眼鏡にかなっただけのことはある。
言葉はちゃんと通じているのに、訛りよりもおかしなところがある気がするよ、この人。
主に忠実なのはいいが、少しばかり大人しくしてほしい。アクィラ殿下が不問に付してくれたから大事に至らなかったけど、あれは普通に不敬罪だった。
そこんところをしっかり言っておこうと、口を開けたところで、突然少女の尖った声が聞こえた。
「あらあらあ、こんな明るいうちから、婚約者以外の方と逢引きですかあ?」




