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グレーと青

 昼近くまで寝ていた私は、重たい頭を抱えながらベッドの中からなかなか抜け出せずにいた。そんな私をミヨは、えいやっとばかりにシーツごと引っぺがし、浴室まで連行する。


「ひとっ風呂浴びてしゃきっとしてくださいよぉ。姫様、ちょーむくんでますからね、顔」


 ほれほれ、と浴室内に押し込まれ、むにーんとほっぺを引っ張られた。

 うぐぐ。昨夜寝る前にあんだけお茶を飲んだせいか、確かにむくみを感じているので、ここはゆっくりと湯船につかって汗を流そう。昼風呂とは、なんかもの凄い贅沢な気がするけど、昨日頑張ったご褒美だと思うことにした。

 むくんだ顔や腕、昨晩痛んだ足も、湯船の中でゆっくりとマッサージして、だいぶ頭の中もすっきりしたところで湯船から出ると、待ってましたとばかりにミヨによって、あっという間に身支度させられてしまった。


 今日のドレスは若草色に、濃い緑のリボンがついた、爽やかな色合いのものだ。髪は全てを結い上げるのではなく、サイドを編み込み飾りつけ、後ろはゆったりと流す感じになっていた。


 相変わらず手早くて完璧な仕上がりに感動していると、にやにやしながら昨日アクィラ殿下からもらった青い小瓶を出してきた。


これ(・・)は、どうしますぅ?」

「え…………うーん、それ(・・)は、今日はいい、かな?」

「むー、せっかくもらったのにぃー」


 口を尖らして、こんな珍しいもの勿体ないなあとぶつぶつ言っているミヨ。

 いやいや、そんな珍しいものを、昼から起きだして社交も用事もありませーん、みたいな人間に使う方が勿体ないと思うよ、私は。


 そう、昨晩帰り際にアクィラ殿下が『好きに使え』と言って置いて行った青いガラスの小瓶に入っていたものは、とんでもなく高価で珍しい香水だったことがミヨによって判明したのだ。


 それは元ボスバール国、現ボスバ領にしか咲かないリーディエナという花から作られる香水でトラザイド王国でしか扱えない逸品だと、ミヨが熱く語っていた。

 確かにそのリーディエナという花と香水に関しての知識は覚えがある。

 酷く繊細な花のために、生花はボスバでしか扱うことは出来ないし、花弁一つすら輸出不可のために、ボスバ領に住む住民以外はほとんど見ることすらできない、幻の花だと言ってもいいほどのものだ。

 香料を摘出するにしても大量の花を必要とし、香水として市場に出回ることも少なく、小瓶といえどもその価値は、容量と同じ大きさの宝石と同等だとも言われている。


 昨日中身を確かめるために瓶を開けたが、その一瞬でミヨは言い切った。一度だけしか嗅いだことはないけど、絶対に間違いないと。

 確かに何も知らない私が嗅いだ感じでも、ともかく甘さが後を引くように印象深く、素晴らしい香りのように思う。

 さほどキツい訳でもないのに、いつまでも花の香りが鼻腔をくすぐり、まるで花畑にいるような気分にさえなってきた。


 それだけに、そんな高価なもの、めったなことがなけりゃ余計つけられないよ。

 そして、いくらトラザイドしか扱えない珍しい香水だからと言って、何故それほど高価なものを私にくれたのかもわからない。

 あれだけ結婚に興味がない、私なんかどうでもいいといった態度をとっていたにも関わらず、どういった心境の変化なのだろうか?


 昨日のアクィラ殿下の緑の瞳を思い出すと、なんだかそこにグレーのもやが掛かり、それがどんどん大きくなって上手く頭が働かなくなる。


 うーん、ダメだ、ダメ!それは一先ず後で考えることにしよう。大体、今日こそは延び延びになっていた、王宮の庭の散歩へと向かうのだ。そうして少しは状況確認をしたい。

 あわよくば、今私がこのトラザイドでどんな立ち位置になっているのかを肌で感じたいと思っている。


 昨晩のパーティーでは、物珍しい感じではあったけど、高位貴族からはまあまあ合格点をもらったような気はする。

 けれどもそれとは逆に、女性陣からの視線は痛かった。ほとんどはアクィラ殿下絡みの嫉妬だろうとは思うけど、モンシラ公国での悪評から、王太子妃として相応しくないなどと考えられているかもしれない。

 正直それがわかったところで、結婚の儀式がそう簡単にひっくり返るわけでもなさそうだけど、私のことをあからさまに嫌っている人間がいるなら知っておいても無駄にはならない。


 もしかして、私のリストカットの原因にでもなっていたとしたら、リリコットの記憶がすかっとよみがえるかもしれないじゃないか。

 そうなった場合、今の自分がどうなるかとかは、もう考えるのは止めた。出来ることならリリコットの記憶を思い出させることを第一にしていきたい。だって、そうでないと、


……アクィラ殿下と結婚するのが『リリコット(わたし)』になってしまう。


 いくらメリリッサの身代わりでも、リリコットはアクィラ殿下と結婚する覚悟でこのトラザイド王国へとやって来たはずだ。けど、私は違う。

 そんなリリコットにぽんっと浮き出た人格なのだ。いや、同じ魂なのだとはわかる。それでも、このままリリコットを押しのけているのは違うと思う。


 だから、結婚の儀式までに、リリコットの憂いを全部排除してやれるものならやりたい。記憶がないから難しいかもしれないけど、そういった努力はしてみるべきだ、うん。


 まあ私は、百合香の時だって自力で悪意を薙ぎ払ってきた。少しくらいやられたところで今さら傷つくような繊細な心は持ってない。

 だからこそ、今のうちにリリコットの為になりそうなことは全部やっておきたいと思ったのだ。


「とりあえずそのリーディエナの香水は、昨日と同じようにあなたの化粧箱の中にしまっておいてちょうだい、ミヨ」

「はーい、姫様」

「リリー様の化粧箱もありますのに、わざわざミヨに預けなくても……」


 ハンナが朝食兼昼食の用意をしながら、軽く不満を伝えて来た。

 確かに本来なら侍女の私物にしまっておくのはダメかもしれなけど、どうせミヨに全部支度をしてもらうのだから面倒がなくていいと思う。

 それに、趣味でお金をかけまくっている分、私の化粧箱よりもミヨのものの方が数段グレードは上だし、鍵も掛けられる。中は細かく仕切られているから瓶が触れ合って傷つくこともないようだ。


「まあまあ。それよりもハンナ、お腹が空いたわ。用意は出来ているかしら?」

「はい、リリー様。ご用意出来ました」


 まあ、美味しそうと、にっこり笑うとハンナの機嫌が目に見えてよくなる。普段小食なのを心配されているので、食欲があるところを伝えると喜ぶのはわかっていた。上手くご機嫌がとれたと、パンを一口大にちぎり口に含む。


 食事の後は散歩に行くのだから、少し頑張って多めに食べておこうと、次は用意されたスープへと標的を定めた。

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