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挑発MUGEN-DIE

 何故こんなに夜遅くになって、渋面のアクィラ殿下と相対しながらお茶を飲んでいるのかわからない。いつもなら美味しいと感じる甘い果物の香りのするお茶も、渋い顔をしている人間を目の前にすればそれも半減する。

 もう一度、すうっと息を吸い込むが、やはりいつもよりいまいちだと思う。

 アクィラ殿下に負けず劣らず渋い顔をしている自覚がある私は、そのままいまいちなお茶をごくごくと飲み干した。


「それで、一体何のご用事でしょうか?」

「婚約者に会いにくるのに理由が必要か?」


 当ったり前だろうがっ!


 すでに夜半だ。今夜はパーティーで、いくら王宮自体にまだ活気が溢れてるとはいえ、こんな時間に未婚の女性の部屋に訪問なんて、よほどの理由がなきゃダメでしょ。

 パーティー用の正装を解く間もなくここへ付き添いさせられた殿下の従者も、心なしかこちらに向けて申し訳なさそうな顔をしている。


 せっかくゆっくりと湯船につかり、身体を休ませようとしていたのに台無しだ。一度落とした化粧を、簡単にだがもう一度しなおし、髪の毛だってまとめなければならなかった。

 まあ、化粧といっても軽く白粉をはたき、口紅をちょこんと塗っただし、生乾きの長い髪を手でくるりくるりと巻きつけると、かんざし一本であっという間に夜会巻きにまとめきった、ミヨの技を見ることが出来たのは楽しかったけど、それはまた別の話だ。


 淑女らしく首を捻りつつ、さあ用事を言えと促しても、意地でもそれは見なかったフリをして紅茶をすするアクィラ殿下。

 おい、もうそれ中身入ってないでしょうが。

 急に人の部屋まで押しかけて来ておいて何をしたいのかわからない。そもそも用事があるなら、パーティーの待機中かエスコートしている時に言えばよかったのにー!

 こんな時間にもなって、いつまでも殿下に付き合っていられないので、ぼちぼち本気で拒絶する。いい加減私は休みたいのだ。


「アクィラ殿下、外聞というものもあります。流石にこの時間では、たとえ婚約者であろうとも、殿下にとっても私にとっても、よろしくないのではありませんか?」


 よし、大体こんな感じだろう。

 思ったよりもすらすら言えたということは、リリコット的にもそう感じたんじゃないかな?百合香の本音が上手く隠せられるということは、心の奥底ではリリコットもそう思っている。

 こうして過ごしているうちに段々とそんな気がしてきた。


 一応私の部屋の中には、接待の為に侍女のハンナとミヨがつき、それから護衛騎士としてヨゼフも私の後ろに立っている。

 アクィラ殿下も護衛兼従者を二人引き連れ後ろに立たせていたし、部屋の扉も四分の一ほど開けてある。


 だからどうのこうのと言われるほどのことではないのだけど、ともかく時間が悪い。

 せめて明日の昼間だったら私だってこんなに突き放した言い方はしないのに、と少しだけ申し訳ない気持ちも込めたつもりだった。

 けれども、その私の言葉に対してのアクィラ殿下の返答はといえば、そりゃあもう怒髪天ものだ。


「別に。今さら君には、はばかる外聞も、悪くなる世間体もないだろう」


 な、ん、だ、とぉおお!?


 あー、もうダメ!もうぶち切れました!

 そりゃあ、メリリッサの外聞も世間体も、あれだけの悪評が立てば、塵芥のように無いに等しいものかもしれない。てか、あんたやっぱりメリリッサの噂、知ってんじゃんかっ!


 そうですか、そうですよね。一国の王太子が、いくら結婚に興味がないからと言って、自分の婚約者の悪評を聞き逃すわけにはいきませんものね。

 しっかし何この人、こんな時間に私を挑発にでもしに来たって訳?まあ、だったら受けて立とうじゃありませんか。


 沸騰する頭から、湯気のようにふっふっふと笑いが零れる。そんな私の笑い声を聞きとったのか、殿下の従者がぎょっとした顔でこちらを見つめてきた。

 うふふ。どうせ悪い噂だらけなんだから、もういいや。このままテーブルを思いっきり叩いて追い出してやる。

 そう思った瞬間、私の後ろ側から地を這うような声が響いた。


「おんめえ、しょっでもおどごが?ほんどぉやっきりこくで。ぶっさらうに」


 ふぁっ?待て!今、誰が、誰に、なんていった!?

 錆びた機械を動かすように、声のした方へと首をギギギと向けると、そこには赤い髪を逆立てた護衛騎士のヨゼフが、ただでさえツリ目のそれをさらに吊り上げながら唸っていた。


 無口な男だと思ってたけど、あんた思いっきり訛ってるのかーい!

 だから声をほとんど出してなかったのかと納得した。

 けど、それは今どうでもよくて、ええと……これめっちゃヤバくない?


『お前、それでも男か?本当に腹が立つ。ぶん殴るぞ』


 確かに、そう言った。それも、このトラザイド王国の王太子、アクィラ殿下に向かって……

 おおうっ……ダメだこれは。言い訳が利かない。バリバリ不敬罪だ。このまま速攻で従者に引っ張られても文句がいえないことをのたまったのだ。


 流石に私が殿下に立ち向かうのとは訳が違う。どうにかして取りなしをしないと、と慌ててアクィラ殿下の方を盗み見てみると、二人の護衛兼従者たちは、一体何なんだ?といったように首を捻っていた。


 そうだ!よく考えれば今のヨゼフの言葉は、あのボスバ領の方言だった。

 私はリリコットが勉強したおかげで、当然のように内容を理解したけれど、同じトラザイド国内でも田舎すぎるために、王都の人間では余程のことがなければ普通は知らないのだ。

 だからこの二人、いやそれだけでなく当たり前だがハンナやミヨにもわかっていないようだった。みんな、頭にクエスチョンマークを浮かべている。


 あー、もう。心配させないでよ、ヨゼフ。と、心の中で突っ込みを入れ、ほっとしたまま正面に座るアクィラ殿下に顔を向けた。

 すると、それはそれは綺麗な顔に、少し皮肉ったような笑みをたたえながら彼は言い放った。


「君はなかなか好戦的な従者を持っていたのだね。知らなかったよ」


 って、そういえばこの人ボスバの方言知ってたじゃーん!ダメじゃーん!

 一番聞かれたらヤバい人だけが理解していたよ、この言葉。ええええと……どうやってごまかそうか?無理か?無理だな。ちょっと覚悟しよっか。


 未だ唸り声の途切れない後方を振り返る気力も、なんかすごくいい笑顔の前方の相手をする活力もなくなり、一旦現実逃避をするために、私は小さな声でハンナにお茶のおかわりをお願いすることにした。

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