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バスルームから謎をこめて

 ハンナが用意してくれた湯船につかる時、当たり前のように介添えするために側について来ようとする彼女を必死で押し止めた。


「本当に、本当に、ごめんなさい。ちゃんと一人で出来るから、ね」

「でも、リリー様……もしも何かあったら、私……」

「大丈夫!約束する。ほら、何にも持ってないし、ね、ね」


 清拭はまだしも、お風呂の中だけは本当に勘弁してほしい。

 そりゃあリストカットの後じゃあ信ぴょう性が足らないのかもしれないけど、私はやらないから、本当に信用してほしいのだ。


 頭を床にこすり付けるレベルでお願いして、なんとか浴室の扉の前で待機すると言うことで納得してもらった。

 そうしてようやく湯船の中に全身がつかったところで、うぃーと、おっさんくさい声が漏れる。


 流石に一国のお姫様が吐き出す言葉じゃないと反省したが止められなかった。この気持ちよさは風呂好きならわかるはずだ。

 きっとリリコットだって……いや、リリコットは口には出さなかったかもしれないけど、気持ちは一緒だと思う。

 そんなふうに考えながらお湯の中で温まってといると、なんとなく百合香とリリコットがリンクし始めたような気がする。


 確かに私は昔からお風呂に入るのが好きだった。

 この世界では貴族でも一週間に一度しかお風呂に入らないが、私はほぼ毎日お風呂に入っていた。

 それがリリコット唯一と言っていい、わがままだったのかもしれない。

 それに反してメリリッサは、お風呂に入ることだけは大嫌いだったなあ。

 振り返ってみると、メリリッサは綺麗好きだったから、しょっちゅう清拭をしてもらっていたけども、お風呂だけは嫌がっていた。

 何度か勧めたことがあったけど、返ってくる言葉はいつも一緒。


『あんまりお湯につかると病気になるわ』


 うーん、それはないわーと言いたかった。言ったのかな?

 でもどうせメリリッサのことだから聞いてくれなかったのだろう。それでも私は毎日お風呂に入ったし、メリリッサは体を拭き取るだけだった。


 そういえば昔のヨーロッパでも、そんな理由でお風呂に入らずにいたから香水をふりまいていたとかなんとかと、本で読んだ気がする。

 だからだろうか?ある時期からメリリッサもリリコットには同じ香水を同じようにつけろと迫りだした。

 私自身はあまりきつく振りまく香水の匂いは好きではなかったけど、いつも通りメリリッサの言うことに倣ったのだ。


「そういえば、今日はこっちに来てから香水は初めてつけた、のよね……?」


 独り言と共に自分の手首や腕をくんくんと嗅いでみても、ミヨが用意してくれた柑橘系のすっきりとした香りは、もうほとんど匂わなくなっていた。

 流石にパーティーなどの正装で、香水をつけないという選択肢はなく仕方がないとはしても、量としては最適なものだったみたいでホッとする。

 なにせ、メリリッサの用意する香水といったらいつもどぎつい香りのものが多く、正直辟易していたのだ。


 もう一度、ふぅ、と息を吐き出して湯船のへりに頭をのせる。

 なんだか勉強したこと以外のこともちょっとだけ思い出したのだ。大した前進だといえよう。

 しかもこれは、今までのメリリッサのやらかしではなく、リリコット自身の思い出なのだ。

 それがまあ、お風呂に関してのことだけとはいえ、前進だ。そう思うことにした。


 けど……お風呂についての疑問は、一番大事なことが残っている。

 こうして今も考えようとするけれども、全く思い出す気配もない。それは――


「私はどうして手首を切ったのか……」


 左手首を見てみれば、傷はもう塞がっている。別に縫ったわけでもなかったのに、綺麗なものだ。

 これは元々大した傷ではないことを意味するのだろう。


 目が覚めた時は驚きすぎたせいで、症状を見誤った。こんなの、深さとしては浅いためらい傷程度のものだ。普通ならすぐにどうこうするような傷じゃない。


 むうう。考えれば考えるほどわからない。もう少し何かを思い出してこないとどうともならないのかなあ。

 あー、もう、仕方がないと抱えた頭ごと湯船の中にどぼんともぐりこんだ。


 そうすると、リリコットの金髪がお湯の中、ゆらゆらと揺れてとても美しいと思う。

 うっとりと見ていると、ああそういえば、あのアクィラ殿下も私と同じようなとても綺麗な金色の髪だったなと、ふいに頭に浮かんでしまった。

 とても艶やかなあの金髪は、触っても気持ちよさそうだなあ。

 そんなふうに思ってしまった自分にびっくりする。


「やっ、な、何言ってんのよっ!え?」


 思わず湯船から飛び出し、大きな声で自分自身に突っ込みを入れると、途端に浴室の扉がバタンと音を立てて開いた。


「リリー様っ!」

「ひゃっ!ハ、ハンナ?いえ……大丈夫、うん、そう大丈夫だからね」


 慌てて制止するが、ハンナはずいずいと湯船に近づいてきた。

 いや、本当に待って!勘弁してちょうだい!

 ぷるぷると頭をふりながら、大事なところを隠してもう一度湯船の中に入り込む。


「待って、もう少……」

「お早く準備いたしましょう」

「え……?」


 一体何を準備するというのだ?寝る準備?いやまだそこまで急ぐ必要はないでしょう。

 そう口に出そうとしたのに、ハンナの言葉で逆にアゴが外れそうになった。


「アクィラ殿下がおなりになるそうです。今しがた先触れの者が伝えにきました。さ、リリー様」

「はぁああ!?」


 呆気に取られて立ち上がった私を、ハンナが手に持ったタオルでさっとくるむ。


「髪はもう仕方がありませんわ。せめて水気をとって、簡単に結い上げてしまいましょう」

「え?え?」

「ミヨ、リリー様のお支度は任せます。私はお部屋の準備を」

「はーい、んじゃ、ちゃちゃっと綺麗にしちゃいましょうね、姫様」


 二人ともが、あっという間に支度の準備にかかるのをみても、訳がわからない。


 こんな夜に、アクィラ殿下が?は、何の用よ?


 何で、どうして、そうなるのぉーっ!?

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