本能
「はー、それであれですかあ。そのままアクィラ殿下と続けてダンスを三回も踊って、ダウンした、とー」
「そうよ、った、痛……や、ハンナそこもう少し優しく、お願い……」
「はい、リリー様」
王太子婚約者である私の披露という名目のパーティーが恙なく終わり、ようやく自室へ辿りついた私は、そのまま倒れるようにベッドへ飛び込んだ。
そうして甲斐甲斐しく私のぱんぱんに腫れまくった脚をマッサージしてくれているハンナと、ドレスのシワのことを気にするミヨに、今日のパーティーのことを説明する。
アクィラ殿下に誘われフロアに出た私は、立て続けに三回もダンスを踊らされたのだ。
二回目の音楽が奏でられ始めた時ですら、え、もう一回?と思ったけど、周りの招待客たちも当然のような顔をしていたので、これも婚約者の務めだと頑張った。
それもようやく踊りきった後、履きなれないヒールで足先が痛むのを顔に出さないように微笑み、お辞儀をしようとした腰をもう一度捕獲された。
まさに、捕獲だ。それ以外の何でもない。
腰に添えられた手に優しさの欠片も感じなかった。アクィラ殿下の笑顔の裏側には、逃げられるものなら逃げてみろと言わんばかりのあざけるような瞳が光っていた。
そんな挑戦にムカついた。そんな態度に、ただ黙って負けてられるかと思ったから、受けて立ってやったのだ。
そうして踊った三回目のダンスはもう何が何だか覚えていない。どんな曲でどんなステップを踏んだのかわからない。
ただ、踊り終わった後で歓声が響いていたようなものは聴こえたから、失敗したわけではなかっただろう。
けど、この一週間まともに外も歩いていない、しかも先日は手首のケガで寝込んでいたような、か弱い美少女に向かって三回も立て続けにダンスを迫るとか、あいつはアホかと言ってやりたかった。
個人的な最後の感想は口をふさぎ、そこまでの経過を話すと、ミヨはあらあらあらと、近所のおばさんのような相槌をうつ。
「よかったじゃないですかあ、姫様」
「何が!?もう歩けないってくらい足が腫れてるのよっ、て……つぅ」
ここまでもの凄く気合を入れて帰ってきたのだ。
一緒に付いて歩く護衛騎士のヨゼフが一瞬キョドったくらい顔色が変わっていたと思う。
「でもぉ、そのお陰で仲良いとこ見せつけられたんでしょ?結果オーライです!」
むうう。確かにそうなんだけど、そうじゃないって言いたい。
私だって少しは歩み寄りたいと思って、出来るだけ淑女らしく周りに合わせていたのに、あっちはそうじゃなかったのだ。
私を変に挑発したり、嫌みを言ったりと、とてもじゃないけど友好的な態度でなかったのはアクィラ殿下の方だ。
「でも、結果だけみればそうかもしれないけど……そう、紳士的ではないわ」
なんか悔しい。確かに望んだ通りの結果なだけに悔しいのだ。
まるでアクィラ殿下の手のひらの上で踊らされているような気分にさせられるから。
「そうですよ、ミヨ。こんなになるまで無茶をさせるだなんて、アクィラ殿下の方に非がありますわ」
そう言って私大事と、ハンナがゆっくりとさすってくれるが、なかなか痛みはひいてくれない。
「ハンナ、悪いけど今から湯船にお湯をはってちょうだい」
「はい、少々お待ちください」
時間は遅いが、もう我慢できない。湯船にゆっくりつかって疲れをとりたいのだ。
元が日本人なだけに、こういった時はお風呂に限る。そうでなくてもダンスの踊りすぎで汗をかいているから、それもさっぱりと落としたい。
「姫様はお風呂好きですよねえ。じゃあ、お湯が沸く前に、お化粧を落としちゃいましょうか」
「……ミヨ、私そんなにお風呂好きだったのかしら?」
「あらー、それも覚えていません?いつでも入りやすいようにって、お風呂が付いてるこの部屋を選んだんですよお。一番隅っこですからねえ、水も蛇口で直接出るようになってるって、姫様が教えてくれたんですけどねえ。他にももう少し広い部屋があったけど、それじゃあ仕方がないなって」
百合香の記憶が覚醒した時、ちょうど私は湯船にいたのだから、自室にお風呂があるのはわかっていた。
しかしリリコットがお風呂好きでここを選んだというのは知らなかった。
「ま、本能ってのは忘れないもんですかね?」
ケタケタと笑いながらミヨが、丁寧な仕草で私の化粧を落としていく。
本能かあ……確かに本能でお風呂を欲求してるわ。
全く違う世界で生きてきたはずの百合香とリリコットに、一つの共通点が見つかった。
それだけでも二人の気持ちがなんとなく近づいたような気がして少し嬉しくなった。
外に人力のボイラー的なものがあると思って下さい。
溜めた水を沸かして、蛇口からでてくる感じです。




