番外編:悪ノ華
「転生公女は今さら傷つかない2 姉の婚約者と幸せになるので、悪公女も傷も返上します!」の発売を記念して。
メリリッサ視点のお話です。
爽やかな風が馬車の中に小さな花びらを運んできた。私のピンク色の髪にその花びらがふわりと舞い落ちると、隣に座る婚約者が優しい手つきでそれをはらう。そのまま窓から放りだそうとしたので「ダメよ」と言って手を差し出した。
私の手のひらの中に小さな花びらが落とされる。ほんのりとピンク色に色づいた花びらはとても可愛らしいものだ。
私がそれを指で摘まんで窓から差し込む光にあてて楽しんでいると、婚約者は私の頬にそっと手をあてて愛おしむように囁いた。
「今日も美しいな、リリコット」
その賞賛に私はにこりと微笑む。
そうすると、彼――ロックス様は餌をもらえた犬のように顔をほころばせて唇を近づけた。
輝くような白い肌に薔薇色の頬、澄んだ空気の青空みたいな瞳は鮮やかに映え、艶やかな唇は多くの男たちを引きつける。
私はそんな自分の魅力をよく知っているから、今さら美しいと言われても当然としか思えない。
とても陳腐な言葉だと、呆れて笑ったのだとは思わないのかしら?
このガランドーダ王国の王太子は、自分の婚約者だったリリコットと私――メリリッサとの区別もつかなかった男だから、その程度の違いもわからないのだと思うと、なんだかふいにつまらなく感じてしまう。
最初は凄く楽しかったのに……。
このところ、本当に楽しいことがない。
ガランドーダはモンシラよりも窮屈で、未来の王太子妃という立場であってもさほど遊べるようなこともない。
なにより、リリコットも側にいないのに、リリコットのふりをしているのもいい加減飽き飽きだ。
ロックス様の唇が離れると、私は小さくため息を吐いた。
「どうした、リリコット? やはり、あの悪公女と会うのが辛いのではないか。それならば今から引き返しても大丈夫だぞ」
心配そうにロックス様が覗き込む。私の双子の妹であるリリコットが、メリリッサとして嫁ぐ結婚の儀。私たちはガランドーダ国王の名代として参加するためにトラザイドへと向かっていた。
私にはそれ以外の大事な理由もあっての旅路だ。
それなのに引き返すなどと言うとは、馬鹿なの?
この愚直さも初めは面白く感じたものだけれど、今となっては退屈に拍車をかけるだけ。
ああ、つまらない。やっぱり私を一番楽しませてくれるのはあの娘なのだと再確認する。
ロックス殿下と寝たのだとリリコットに伝えた時、パーティーでリリコットと入れ替わった時。……あの絶望した顔を思い出すと、今でもゾクゾクとした高揚感に包まれる。
ふふ。いよいよあの娘と会えるのだわ。本当に楽しみ……!
突然クスクスと笑いだした私を不思議に思ったのか、ロックス様が「リリコット?」と名前を呼ぶ。不安を帯びた、遠慮がちな声が心地いい。
そうね、こんなつまらない人でも、まだまだ楽しませてもらえることはあったかもしれない。
「ねえ、ロックス様。私、今まであなたにお話ししていなかったことがあるの――」
私の告白を聞くロックス様はどんな顔をするのかしら? リリコットに再会するまで、少しは楽しめるのかしら?
手の中にある花びらをぐしゃりと潰す。形あるものが消え去る瞬間はいつでも本当に愛おしい――。
だから、今から行くわ。待っていてね、私のリリコット……。




