番外編:ルーマー
イービス視点。
婚約披露パーティーでの一コマ。
「あれが、噂の悪公女……?」
「口を慎め、イービス。アクィラ兄上の婚約者だ」
婚約披露パーティーでの挨拶をすませ、休憩のため王族の控えの間に移ったところで僕は首を捻った。
独り言のはずのそれをオルロ兄上にしっかりと聞き咎められたけれど、かまわず話しかける。
「いやだって、メリリッサ公女殿下の酷い噂はオルロ兄上も聞いていただろ?」
「噂は噂だ。それに真実がなんであれ、アクィラ兄上が婚約者として披露したのだから、いついかなる時も敬意を払うべきではないか」
固い。固すぎる。別に間違ってないけど、僕が言いたいのはそういうことじゃないんだよなあ。
トラザイド王国にメリリッサ公女殿下についての噂が飛び交いだしたのがひと月ほど前のことだった。
今までの聖女のような人物像からうって変わった様子に皆驚きを隠せなかったが、唯一アクィラ兄上だけが「当然だ」と言わんばかりに鼻で笑った。
そうして淡々とお飾り王太子妃にするための結婚の儀の準備を進めていったのだ。
……そのはずだったのにどうも様子がおかしい。
「アクィラ兄上はなんで離宮を使用するのをやめたんだろう? わざわざ用意したのにさ」
「そもそも当たり前のことに戻っただけのことだろう。私たちが口を出すことではない」
オルロ兄上の優等生らしい答えに、僕は隠れてこっそりと舌を出した。
兄上だっておかしいと思っていたじゃないか。
ただ、オルロ兄上は無条件でアクィラ兄上の考えを支持するから、それ以上は言っても無駄だと口を閉じた。
こっそりと控えの間から会場をのぞき込む。華やかな大広間の中、アクィラ兄上にエスコートされているメリリッサ公女殿下を見つけた。
そこだけは噂通りで良かったと思えるほどの美貌の公女なのだが、アクィラ兄上が何か話しかけるたびに頬をひくひくと引きつらせている。
ん、んー……? 連行されているみたいだな。
その滑稽な姿につい笑いが漏れた。そういえばさきほど挨拶を交わした時も、とても噂のような性悪には見えなかったことを思い出す。
その違和感がどうも気になり、二人を目で追いかけていると、なんとアクィラ兄上が公女殿下の手を取り微笑みながらダンスへと誘っていた。
「うわーお……嘘だろ? アクィラ兄上が公女殿下とダンスしてる! ねえ、オルロ兄上!」
驚く僕を横目に「ならば私たちも急いで戻ろう」とオルロ兄上が言った。
空気読んでよ、もう。
ちぇっ。と呟きながら後ろを付いていくと、オルロ兄上は大きな溜息を吐いた。
「イービス、些細なことに首を突っ込むような真似はするなよ。兄上には面倒を絶対にかけるな」
「やだな、僕が? そんなことしないよ」
がっつり刺された釘には素直に頷いた。
色々と気になることは多いけれど、僕だってアクィラ兄上を怒らせることだけはしたくない。
とりあえず明日、アウローラへ今日の出来事を話してやろう。きっと楽しみにしている。
そう考えながら、僕は足を速めるオルロ兄上に続いていった。
本日、書籍『転生公女は今さら傷つかない 姉の婚約者に嫌われていると思ったのに、溺愛されているようです?』の発売となりました。
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