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無事になんとかパレードを済ませることができた。
殿下の相手である私、即ちリリコットがモンシラの第一公女であり、悪公女との噂が高いメリリッサではなかったという情報を、儀式が始まるその前に沿道へ集まる人々に流していたお陰で、沿道ではリリコットの名前を呼んでもらえるようになっていたようだ。
本当にアクィラ殿下の手配には隙がない。
嬉しいような、そしてちょっとだけ怖いような気分で着付け部屋まで帰ってくると、ミヨが衣装方の面々と一緒になって出迎えてくれた。
「あー……やっぱりこの刺繍、ほんっとうに素晴らしかったですねえ、姫様ぁ!」
刺繍に目をやりうっとりと語るミヨ。
「あんなに遠くからでもちゃんと見えたのかしら?」
元々リーディエナの花はそう大きいものではないし、刺繍の図案もそこまで大きなものではなかった。ウエディングドレスに刺繍されたものを見ても、あそこまで遠くからでは見分けがつかないのでは?とも思っていたのだ。
「あらあ、姫様。知りませんでしたか?この図案、遠くからでも、うっすらと花の形が浮き上がるように出来ているんですよぉ」
それは知らなかった。
ええと、私の図案はそこまで考えられていなかったはずだけれども、いつの間にそんなにグレードアップを遂げていたのだろうか。
ちらりと衣装方の責任者へと目を向けると、重責を終えてホッとしているらしい彼女が教えてくれた。
「はい、それは王妃殿下の采配により、私どもが再構築いたしました」
うわああ。すごいな、衣装方の人たち。あんなに短い期間で、これだけのものを作り上げる手腕に感服していると、気分がいいのかスルッと口を滑らせる。
「リーディエナの花の存在は知っていても、私ども同様、見たことがないものがほとんどでございますから、王妃殿下はこの刺繍をボスバ領の同意を得て、トラザイド専売とするご予定だそうです」
…………ああ、もしかしなくても、アクィラ殿下があのタイミングでボスバ領へと向かったのは、ソレの話だったのかもしれない。
そう言えば、王妃殿下の用事だと聞いた記憶がある。
そうか、私の刺繍がリーディエナの形を模した唯一のものだと知って、売り出そうという訳かー……
出来る息子の親も出来るのは当然だけれども、なんというかデジャブを感じるなあ。
そうして次の披露パーティーの準備のために、ウエディングドレスからの着替えをミヨに手伝ってもらっていたところで気がついた。
のし袋!そうだミヨも私が作ったあれを勝手に売り出そうとした。
このなんともいえないデジャブはそのせいだと、そこまで考えてから、ふと思い出したことを聞いてみる。
「ねえ、ミヨ。あの、お守りって言って渡してくれた袋だけれど……」
「あ!あれですね、役に立ったでしょう、姫様?」
ピースサインを向けながら、パチンと軽くウインクをする。
本当に役に立った。
わざわざ袋にする必要があったのかとか、出生証明書がおかげさまで皺だらけになったとか、色々言いたいことはあるけれども、それよりも何よりも一番聞きたいことは他にある。
「ええ、役に立ったわ。でもあのね、あの中に入っていた……ラゼロ辺境伯家の秘術?だけれども……知らない間に、なくなっていたのよ」
一瞬、真顔になったミヨだったけれど、すぐにへらっと緊張感のない顔に戻る。
「やっだー!そりゃあ、秘術ですもん。そういうものは、役に立つと同時に消えてなくなるものですよお」
そう言い放つと、ほーらほーらとぐいぐい背中を押してくる。
いや、ミヨ。あんたが私の出生証明書だと知っていて、あののし袋を作ったくせに、その中身のことをいつまで秘術と言い続けるの?
はっきりと言ってやりたかったが、今まだここは着付け部屋で、私たちの事情を知らない人ばかりの為、そこはさすがに我慢した。
「ところで、ミヨ。ハンナはどこへ行ったのかしら?」
ずっと衣装方の手伝いをしていたミヨがここにいるのはおかしくはないけれども、ハンナはいったいなにをしているのかとも思う。
せっかくだからハンナもここへ来て、ゆっくりと私のドレス姿を見てくれればよかったのに。
「ハンナさんですかぁ。今は離宮の方へお仕度をしに行ってまーす。あっちも綺麗にはしているようですけど、色々と準備が足りていないようなのでえ」
なるほど、そうか。確かに結婚したばかりの王太子夫婦がしばらく滞在するとなれば、それなりの準備が必要だ。
ハンナには余計な仕事を増やしてしまった。あまり考えなしに、アクィラ殿下の提案に乗った私としては、ちょっと耳が痛い。
「ま、ベッドの上に花びらを撒く準備が終わったら、ちゃんと戻ってきますって!」
「えっ!?ちょっとベッド……花びらって、何?」
「じゃあ、披露パーティーの準備もしていきましょうねー」
本当にそんな恥ずかしいことしないよね?という私の質問をしらっと無視して、ミヨは背中を押す力をさらに強くした。
***
昼間の純白のウエディングドレスとは趣を変え、アクィラ殿下の瞳のように美しいエメラルドグリーンのドレスに身を包み、結婚披露パーティーへ二人で登場すると会場一面に大きな歓声が上がった。
さすがにパレードの時とは違い、こちらは好奇心を上手に隠しつつ色々と探りを入れてくる。
けれども、宰相を始め、有力貴族のラゼロ辺境伯やヨーク将軍のように重鎮と呼ばれる方々がモンシラとの国家間の友好関係と経済の繋がりを盾に、この婚姻を持てはやしてくれるので、あまり突っ込みきれないようだ。
なによりもアクィラ殿下が私をエスコートしながらパーティー会場へ入ってからというもの、片時も離さないといった様子で張りついているので、こっそりと嫌味だけでも言いたがっている令嬢たちは爪を噛むしかない状況になっていた。
「アクィラ王太子殿下、リリコット王太子妃殿下、あらためましてお祝いの言葉を贈らせて頂きます」
「ありがとう、コザック男爵」
結婚の儀が終わると、お母様はセルビオ元騎士副団長を連れ、モンシラへと急ぎ帰った。ただ、全権大使のコザック男爵だけがこちらへ残り、この後の予定をこなしていくようだ。
「ミヨルカには会いましたか?」
「いいえ」
親子とは言え正妻の子でもなく、元々離れて暮らしている彼らだ。いろいろとあるのかもしれない。
けれど、儀礼的で冷たい印象なコザック男爵にも、ミヨの話となると優しげな表情が浮かぶ。
「彼女にはとてもお世話になっています。ミヨルカが居なければ、私もどうなったかわかりませんわ」
本当にミヨのあの性格には救われたと思う。
まだいくつか引っかかるところはあるけれど、それでもやっぱり彼女がいてくれたおかげで、助かったと思うことがいくつも思い出せる。
そのことを素直に伝えれば、コザック男爵は初めて私に向かって笑顔を見せた。
「ならば、どうやら私の賭けは良い方に目が出たようです」
「賭け?」
「ええ、モンシラ公国とトラザイド王国の未来に、投資という名の大きな賭けです」
「銀行家が投資を賭けとおっしゃるとは、なかなか胡散臭くなりますね」
横からアクィラ殿下が私を遮って男爵へと声をかけると、さらに笑みを深くする。
「事実、そのようなものですよ。我が娘ながら、何をしでかすかわかりませんから……最後の署名の時は冷や汗をかかされました」
ああ、やっぱりあれはミヨの独断だったらしい。
そうだよね、まさか出生証明書をあんな形で渡してくるとは思ってもいなかった。うん、私なんてその存在すら聞かされていなかったし。
「ですが、義父の血を濃く継いだ野生児の勘は貴女を選びました、リリコット王太子妃殿下。どうぞ、これからも娘をよろしくお願いいたします」
最後に一言だけ付け足された言葉だけ寂しそうな感情を見せた男爵が席を離れると、その後は可愛らしく着飾ったアウローラ殿下やファルシーファ様が次々とお祝いの言葉を伝えにきてくれた。
そこからは段々と輪が広がり、私が離宮へと出発する退出時間になるまで、想像していたよりも随分と和やかな会話を楽しんでいった。




