まちがいさがし
お母様だけが待っているのだと思っていた控室、目の覚めるような深紅のドレスに身を包んだメリリッサが私の目の前に現れた。
ふふふ。そう澄ましたようにうっすらと笑いながら私に向かって一歩前に足を運ぶ。
「嫌だわ。お祝いを伝えに来たのに、そんなに邪険にしなくてもいいでしょう?」
胸元を広く出して大輪の薔薇を抱いているようなモチーフのドレスは、いくら実の姉妹の結婚という祝い事だとはいえ派手過ぎだ。
むしろ主人公は私だと言わんばかりのその格好に、つい眉間に皺を寄せる。そんな私の心を読み取って、メリリッサはさらに笑みを深めた。
「ああ、やっぱりあなたが一番楽しいわ」
「え、なに?」
「あなたたち、そんなところで立ったまま話を続けるつもりかしら?」
メリリッサの言葉の意味を質そうと口を開こうとしたところで、控室奥のソファーに座るお母様から声を掛けられた。
「さあ、こちらへ、リリコット。メリリッサもいらっしゃい」
口調自体は決して強くもないのに、お母様の言葉は昔から有無を言わさないものがあった。
それはメリリッサも同じで、お母様が直接名前を呼んだ時は素直に言うことを聞く。
長いドレスの裾をファルシーファ様に介添してもらい、指さされた椅子へと腰をちょこんと掛けるように座る。
少し高さのあるその椅子ならば、ウエディングドレスが皺にはなりにくい。私がそうして腰を下ろしたのと同時に、メリリッサもお母様の隣のソファーへと座った。
「お母様……メリリッサが何故ここに?」
本来控室に入れるのはお母様と私、そして介添人であるファルシーファ様だけのはずだ。
護衛騎士のセルビオ元騎士副団長ですら、ヨゼフと同じように大聖堂前で待つように言いつけられている。
「まあ、だから言ったじゃないの。お祝いにきたのよって」
そう言って手に持った扇を大げさに振ると、メリリッサの振りかけている香水が鼻についた。眉を顰めたくなるほどに自己主張するそれは、とても彼女らしい。
私の視線に気がついたお母様が手を軽く上げて制した。
「あなたにどうしても謝りたいことがあるからと言われたから連れてきたの。そうだったわね」
最初の方の言葉は私に、そして後半の言葉はメリリッサに向かってはっきりと言うお母様に対して、メリリッサは悪戯が成功したように軽く舌を出して笑う。
「だって同じことですもの」
「謝りたいことと、お祝いが?」
「ねえ、リリコット。嘘を吐いてトラザイドまで追い立ててしまったことはとても反省しているのよ。でもね、ふふ……もう大丈夫。全部お話して、あなたをここから解放してあげる。それが、私からあなたへ贈るお祝いよ」
一瞬、メリリッサが何を言いだしたのかわからなかった。
あまりにも自然な笑顔で、全く不自然な言葉を吐き出す彼女の言っている意味を飲み込むまで体が固まり、瞬き一つすることが出来なかった。
解放?ここから、私を?それはつまり……
「メリリッサ……あ、あなた、まさか私ともう一度入れ替わって、アクィラ殿下に嫁ごうと言うの……?」
ぽろりと零れた声を聞き取ったファルシーファ様が、私を庇うように前へと出た。
その視線は鋭くメリリッサの顔を捉えている。その一連の流れを見て、メリリッサは「ああやっぱりね」と呟いた。
「そこの介添人、私たちの会話に驚いている様子がなかったからもしやと思っていたのだけれども、知っているのね?」
入室した時から私たちはお互い、本当の名前で呼び合っていた。本来ならば逆の名前のはずなのに、それに何の疑問の顔を浮かべなかったファルシーファ様に気がついていたのだろう。
私が頷くと、扇で口元を隠しながらくつくつと笑い出した。
「ならばアクィラ殿下のあの態度にも納得だわ。つまり、殿下は入れ替わりを知った上で婚儀を挙げようと言うのね」
何が楽しいのか知らないけれど、発作が起こったように笑い出したメリリッサが気持ち悪い。
決して大きな声を出している訳ではない。けれどもその笑い声がねっとり耳にまとわりつく。
ぐっと拳を握り、その不快感をやり過ごそうとしていると、一歩前に出て私の盾になってくれているファルシーファ様の凛とした声が響いた。
「アクィラ殿下はリリー公女殿下を常しえの伴侶とお決めになられました。貴女のような悪公女はお呼びではございません」
「悪公女?……それは、」
「それに、あまり私どもを馬鹿にされない方がよろしいでしょう。たとえお顔が瓜二つだろうと、貴女のような下衆な考えをするような者とリリー公女殿下を間違えるような者はこのトラザイドにはおりません」
はっきりとそう宣言するファルシーファ様。
メリリッサはソファーから立ち上がり、ゆっくりと優雅な所作で私たちの前まで近づいた。そうして扇をぱたんと閉じた。
「私も別に間違い探しを楽しむためにここまで来たわけではないの。言ったわよね、リリコットの解放だって」
「メリリッサ、あなたさっきから何を言っているの?私は、ここで、アクィラ殿下と生きていくと決めたの。そしてあなたはガランドーダでロックス殿下の正妃となるのでしょう?」
メリリッサが大国ガランドーダに執着しているのはわかっている。そうでなければ初めから計算高い彼女がロックス殿下へ純潔など捧げない。
このまま入れ替わったままでいればお互いに収まるところに収まるだろうと。だからこのまま黙って帰れという意味を込めて訴えた。
しかし――
「んー……でもね、ガランドーダへ移ってからひと月ほどしたくらいに、手紙が届いたの。どこで入れ替わりに気がついたのかわからないのだけれども、第一公女殿下へと書かれていたわ」
「え?」
「スメリル鉱山の権利書のことについて……まるで恋文みたいにあなたのものですって、それはもうひどく熱心に訴えていたわ」
「……そ、それは」
バレた……一番懸念していた権利書の名義のことをメリリッサに知られてしまった。
「ノバリエス外交官が知っていることを全部教えてくれたわ。知っていた、リリコット?スメリル鉱山はね、全部私のものだってこと」
メリリッサの扇を持つ手が上がり、私の頬をゆっくりと撫でていく。
息が荒くなりそうなのを一生懸命に止めようとするが体が言うことを聞いてくれない。
「ね、だから私、自分のものを取り返しにきたの。権利書がなければトラザイドとの婚儀も成立しないらしいし、リリコットも名前を偽ったまま結婚なんてしないで、解放されるのよ」
嬉しいでしょう?そう言い切るメリリッサの笑っている顔が恐ろしくて、私は彼女を見ることすらできなかった。




