開戦前線
今朝になってメリリッサたちとのお茶会は屋外でおこなおうと言われ、アクィラ殿下エスコートのもとたどり着いた先は、見覚えのあるテーブルが置かれている見覚えしかない場所だった。
ああー、ここアウローラ殿下が開いたお茶会でナターリエ様たちと初めて会った場所だわ。
茂る木々が天然のあずまやのように屋根を作っている姿は全くといって変わらない。そうよね、と私たちの後ろに付くヨゼフへと同意を求めるように顔を向ければ、はいはいと頷き返してきた。
違うところといえば、ほんの少し周りが整え刈られたおかげで前回よりも見通しがいいくらいだ。
うん、丸見えというわけではないけれども、その気になれば王宮からも様子が窺いやすい。けれど、これってどうなの?
「人目が気になるか、リリー?しかしこれならばメリリッサも余計なことは出来まい」
「あ……ええ、そうですね」
なるほど、メリリッサがどんなことを仕掛けてくるかわからないから、それを避けるためにもアクィラ殿下はこうした人目につきやすい場所を選んでくれたのだろう。
本来ならば忙しい身であるのにも関わらず、こうして私の為に時間も取ってくれるだけでなく、色々と考えを巡らせてくれる。本当にありがたいと思う。
けれどもその反面、そのくらいであのメリリッサがうまいこと引きさがるだろうか?という思いも消しきれない。
自分をよく見せることだけは長けている彼女が、多少の制約はあれども私と直接対面して何もしてこないだなんて、そっちの方が考えにくいのだ。
「それに、万が一この場で何かをしでかせば、遠慮なく放り出せるだろう。あのいけ好かない連れと一緒にな」
ぷっ!アクィラ殿下のその言いぐさに、ついつい吹き出してしまった。
いけ好かないって、ロックス殿下のことよね。まあそれについては私も全面同意するけど。
「っ……アクィラ殿下、少々お言葉の選び方がヨゼフに似てきていらっしゃるようです」
なんだかボスバ領へ同行させてからというもの、妙にアクィラ殿下とヨゼフが仲良くなっている。
相変わらずヨゼフは傍若無人だし、アクィラ殿下は上からものを言ってはいるのだけれども、なんというかなー、ツーと言えばカーみたいな感じだ。そう言った意味を添えると、肩を竦めて片目を瞑る。
「私の言い方など可愛いものだぞ。なあ、ヨゼフ。お前がヤツのことを評して口にした台詞を、一言一句違えずにリリーへと教えてやろうか?」
「やめてくださいよ。姫様の耳が腐って落ちます」
「ははっ。それは大問題だ、やめておこう。この美しい耳にはいつまでも私の愛の言葉を聞いてもらいたいからな」
そう言いながら私の耳にかかる髪を一房くるりと指にかける。
何気に惚気てくれるアクィラ殿下に対して頬を染めつつ、一体どんな酷い悪口をのたまったのか、ちょっとだけ気になったのは内緒だ。
髪のてっぺんが微妙にボリューム不足のため将来ハゲるかもと感じたから、私は記憶を思い出してからというもの心の中でエロガッパと呼んでいた。公女に相応しい憎まれ口ではないし、そもそもカッパの説明がつけようにないので誰にも言わなかったけれども、これも相当キツイはずだ。
それよりも辛辣なのかどうかは、いつかそのうち教えてもらおう。
なんとなく面白い気分になって、ふふっと笑いながらアクィラ殿下と共にテーブルへ到着すれば、そこにはお茶の準備を済ませたハンナ、ミヨ、そしてファルシーファ様が侍女服姿で立っていた。
って、いや、ファルシーファ様っ!あなたまた何をやっているんですか!?侍女役……ってダメでしょう。
こ、これはきっとまた護衛のつもりなんだろうな……そりゃあ、私の後ろにつくヨゼフよりも、テーブルにつく侍女たちの方が動くのにはたやすいこともあるだろうけれど、ちょっとばかり過保護が過ぎないだろうか。
しかもここは辺境伯邸という訳ではないのだから、いくらなんでもその令嬢に侍女の真似はさせられない。
ぐっと目に力を入れてファルシーファ様を睨んだが、どこ吹く風といった体で頭を下げられた。
じゃあ私以外に止めてもらおうと隣に立つアクィラ殿下に顔を向けたが、端正な顔に有無を言わせないくらい綺麗な笑顔をのせて、話を聞いてくれるつもりはなさそうだ。
足もとに視線を落として、はぁあと大きくため息をつくと、ふいに周りの空気が変わるのがわかった。
どこか肌にピリリと刺さるような感覚。穏やかな木陰の中で、不自然なほどの冷たさを覚えた。
ゆっくりと顔を上げ自分の正面を見すえれば、柔らかなパステルブルーのドレスに身を包んだメリリッサがロックス殿下の腕に手をかけエスコートされて歩いてきた。
その隣にはお母様が艶やかな赤いドレス姿で、護衛騎士セルビオ元騎士副団長を連れている。今日はコザック男爵のエスコートはないようだ。ちらりとミヨを目の端で窺うが、澄ました顔でハンナの隣に立っている。
昨日の夜、着替えの時にそれとなくコザック男爵が特派大使としてきたようだと話を振ってみたが、あっけらかんと「えええー、そうですかー。出世したんですかねぇ?」などと的外れなことを口にした。
それがまたいつもの口調で話すものだから、本当に知らなかったのかと一瞬思わされたけど、やっぱり違うと思う。堂に入り過ぎて今までわからなかったけれども、このミヨの粗暴なものの言い方はどこか演技も入っていると思うようになってきたのだ。
まあ、とにかく今はミヨやコザック男爵のことよりもまず、目の前の問題に取り掛からなければならない。
大きく息を吸いこんで静かに呼吸を整えていく。アクィラ殿下に支えられた手のひらが、きゅっと握られるのに押されるように挨拶の声をあげた。
「ようこそいらっしゃいました、お母様。昨晩はゆっくりとお休みになられましたか?それから、メリリッサ。そしてロックス殿下。あのパーティー以来ですから三ヶ月ぶりでしょうか?お久しぶりですわね」




