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危険な二人

「では明日の午後ではどうかしら?」

「え?あ、はい……?」


 用意された食事の皿が全て終わり、普通ならば移動して食後の酒やお茶などをいただこうという頃合いで、お母様からのいきなりの問いかけに驚いて変な声が出かけてしまった。

 色々と考えることが多すぎて、全然周りの話を聞いていなかったのだ。


「お茶のお誘いよ。あなたたちも姉妹でつもる話もあるでしょう?」


 うっ、来たか……いや、どちらにしてもメリリッサとはいつか膝を合わせなければならないのだから早い方がいい。そうでないと私の気合も擦り切れてボロボロになってしまう。


「ええ、本当に久しぶりですわ。楽しみにしています」


 にっこりと作り笑顔を見せながら答えたが、上手くいっただろうか?

 震える手を止めるためにドレスをぎゅっと握りしめると、その上にアクィラ殿下の手のひらがそっとのせられた。

 弾けるようにアクィラ殿下へと顔を向けると、いつもと変わらない緑の瞳が私を見ていた。そうして、落ち着けと言うかのようにぽんっと軽く叩くと、ゆっくり向かい側のお母様の方へと声をかける。


「それは楽しそうですね。よろしければ私もご一緒して、挨拶をさせていただきたいのですが?」

「アクィラ殿下……」

「まあ、家族水入らずのところをお邪魔するつもりなの?アクィラ」


 その言葉を聞きつけた王妃殿下が咎めるように声をあげたが、アクィラ殿下はなんとも澄ましたような態度をとる。


「別に構わないでしょう。あちらも婚約者同士、わざわざ我が国について来られるほどに離れがたいようでおいででした。私も同様ですよ。せっかくの機会、どうせならば義理の兄弟として親睦を深めたいものです」


 全く心のこもっていない台詞を、白々しくものたまうアクィラ殿下を尊敬する。

 それが本気なら、今日だってここに席を作ってもてなしているんじゃないだろうか。そんな突っ込みを多分トラザイド側全員が飲み込んでいると、小さくクスリと笑う声が聞こえた。


「それもそうね。ではあの二人には私から伝えておきましょう。アクィラ殿下、明日を楽しみにしておりますわ」

「ありがとうございます、大公妃殿下」


 アクィラ殿下のお礼に合わせ、お母様がナプキンで口元を拭う。それを合図に、主催の国王陛下が晩餐会の終わりを告げた。

 今日はゆっくりと休むのでここで失礼するといったような言葉と共にお母様が立ちあがれば、王妃殿下も惜しみながら賛同する。

 そして私の目を見ると薄い微笑みをたたえながら優雅にこう言った。


「あなたもゆっくりとおやすみなさい」


 休めるかーっ!心の中でそう吠え立てる。

 まさかのコザック男爵の登場で、考えることが山積みになった。そうでなくても明日のメリリッサとガランドーダのロックス殿下とのお茶のことを思うだけでも簡単には眠れないだろう。

 唯一の救いといえば、アクィラ殿下が一緒に付いてきてくれるということだけど、それだって場合によっては逆に作用するかもしれない。


 晩餐会場から私室へとエスコートしてくれるアクィラ殿下の横顔をちらりと覗き込む。さっきからアクィラ殿下も全くといっていいほどこちらを見ることもなく何かを考えているらしい。


 どうしよう、声をかけていいだろうか。

 悩みつつとまどっていると、突然立ち止まった殿下が指先だけでカリーゴ様を呼び寄せた。静かに近づいたカリーゴ様の耳もとに何かを囁くと、軽く礼をしてそのまま音もなく去って行く。

 一体何を告げたのだろうかと首を捻ると、今度は口に出してヨゼフの名を呼んだ。


 騎士爵を賜ったヨゼフは、今まで私の護衛騎士という立場だけでは入ることを許されなかった王家の人たちが揃う場であっても、護衛として側に仕えることが許されるようになった。

 つまり先ほどまで開かれていた晩餐会にも護衛としてしっかりと私の後ろに立っていたのだ。


「お前の師匠とは話は出来たのか?」


 アクィラ殿下のその言葉に、両掌を上に向けて自嘲するように小さく鼻を鳴らす。

 つまり、トラザイドへ入国してから接触を持とうとしたもののそれには至らず、まだあのスメリル鉱山の権利書について話が聞けていないということだ。


「儀式までには話を聞いておきたい。理由はどうあれ、お前がそれを持っているのを知っている人物だからな。捕まえられるか?」

「…………経験値が違いますからね。意志を持って逃げられたらちょっとキツイです。あと、病気なんて嘘っぱちでしたよ、完全に騙されました。どうみても健康体でしたから、どうでしょう」


 ヨゼフにしては随分と消極的な答えだった。

 そうか、そんなに難敵なのか。流石はヨゼフの師匠と言うべき人物。ていうか、病気のために騎士団を退団したってのも嘘って、一体どういった理由で動いてるの?元騎士副団長……


 本当にコザック男爵といい、セルビオ元騎士副団長といい、お母様の周りにいる人物が怪しすぎる。


「うむ。しかしこれは重要なことだ。どうしても頼みたい」

「はぁ……、セル親父をですかー」


 いまいち乗り気にならないといった声で頭を掻くヨゼフと、珍しく眉間に皺を寄せるアクィラ殿下。二人の視線が私の方へと向けられた。


 えっと……もしかして、私に何か言えと?えー、だって、ヨゼフが難しいって、さあ……

 もごもごと口ごもる私に容赦なく刺さる視線。うー……わかった、わかりました。


「ヨゼフ……が、頑張って!」


 そう言って、両手で握りこぶしを作る。こんなことしか言えない自分がちょっと情けないし恥ずかしい。

 けれどもこの状況ではこれくらいしか無理だ。顔を赤らめて、もう一度ぐっと力を入れると、何故だか男二人で頷き合った。


「仕方がないですね。なんとかしてみます」

「頼んだぞ、ヨゼフ」


 どうしてこれでヨゼフがやる気になってくれたのかはわからないが、やってくれるというのならば素直にお願いをする。おそらくあの元騎士副団長は、慣れているヨゼフでなければ相手にするのは難しいだろう。

 でも、無理はしなくてもいいからね。


 いざとなったら、私がお母様に直接対決してもいい。それくらいの強い気持ちを持って明日に臨もうと決めた。

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