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ワタシノオト

 特別豪奢な馬車が二台といくつかの馬車が連なりこの王宮の門をくぐったと連絡を受けたのは、昼食後の軽い休憩中だった。その報告を持ってきたヨゼフがアクィラ殿下の伝言と一緒に告げる。


「大公妃殿下のお出迎えは王弟ハトラー公爵が、宰相を伴ってなさるそうです」

「そう、無事に到着なさってなによりです。では、私は出迎える必要はないのね」


 気合をいれて支度をしたのに、ちょっとだけ肩透かしを食らってしまった気になった。


「まずは旅の埃を落としていただき、大公妃殿下を主賓に王家と姫様(ひいさま)によるささやかな晩餐会を催すと」

「わかりました。それではそのように支度します。……あの、ヨゼフ?」

「なんでしょうか、姫様」


 淡々と受け応えるヨゼフがあまりにも普段と変わらないので、もしかしてお母様に付いてくるといったのは誤報だったのかと思ってしまった。


「……メリリッサたち、は?」


 私のその言葉を聞くと、嫌そうに顔を歪めて「あー」と低い声で唸るような声を発した。


「ド派手な紋章つけたゴテゴテな馬車でくっついてきたみたいですね。アクィラ殿下は、姫様(ひいさま)の姉妹と大国の王太子とはいえ、来賓でもない飛び入りに本日の晩餐会に席はつくらないと言っていましたよ」


 それでいいの?大丈夫なの?メリリッサについてはまだいい。私やモンシラの大公妃であるお母様の口添えがなければ、小さな公国の第二公女という身分など無理がいえるほどの立場ではないはずだ。

 けれどもいくら予定にすらない招かれざる客だとしても、仮にも大国ガランドーダの王太子相手にその態度をとっていいのだろうか?


「ま、国王陛下が了承したのだから大丈夫でしょう。本日の晩餐会はごく内輪のものだとアクィラ殿下が説明にいくそうですから」


 それはそれで少し心配だ。ガランドーダのロックス殿下は黒髪に青い瞳といった理知的な見た目と反して、結構な直情型だった。

 なにせリリコットがメリリッサに迫害されると訴えられるや否や、真っ先に(ほんにん)に向かい糾弾してきたのだから。それもメリリッサに騙されているのも知らずに。


 ふー、とため息が漏れる。いくら好きでもなんでもない相手とはいえ、流石にあの断罪パーティーのことは思い出しただけでも胸がキリリと痛みだす。

 だからこそその相手であるロックス殿下と会わなくてもいいとなると、よかったと安堵する気持ちもなくはない。


「とにかく今日のところはまず、お母様とだけ話をするべきだということね」

「そういうことです。いくらなんでも奴らと儀式前までに一度も会わずに済むわけにはいかないと思いますけど。何か仕掛けてくるようなら全力で排除しますんで、姫様(ひいさま)は見て見ぬふりしてくれればいいですよ」


 相も変わらないいつも通りのヨゼフに笑った。たとえ大国の王太子であろうとも、本当にやりかねない。

 そうなったらなったで、国家間問題に発展してしまうから、そこだけは気を付けておこう。


 見て見ぬふり、絶対にダメ!そんなふうに考えていると、妙に力が抜けていく。


「そうね、ただお手柔らかに。一応あれでもガランドーダの王太子殿下なのだから」


 彼の大国、ガランドーダの王太子をあれ呼ばわりした私に驚いたのか、ヨゼフが珍しく大きく目を見開いた。そうして、ぐふっ!と吹き出すと、歯を見せて笑い出した。


「では姫様(ひいさま)の言う通り、柔らかく絞めることにします」


 続けて言う言葉がもの凄く不安だけど、一応意思は通じた……のよね?


***


「トラザイド王国の繁栄とモンシラ公国の興隆に」

「繁栄と興隆を」


 晩餐会の席で国王陛下が杯を挙げると、テーブルに着いた全員が杯を手にして復唱する。


 そのテーブルには、主催として国王陛下夫妻が上座と言うべき一番前の席に向かい合って座り、国王陛下の右隣りに本日の主賓であるお母様が座った。

 その向かい側、王妃殿下の左隣にはアクィラ殿下が、そしてその隣が私の席となる。

 私の左隣にはオルロ殿下が座る。その向かい側にはアウローラ殿下が座り、右隣りにはイービス殿下が座った。さあ、ここまでは想像がついた。


 なんといっても、今日の晩餐会は私のお母様であるモンシラ公国大公妃を迎えるためのものだからだ。

 トラザイドの王太子妃となるべく私と、その結婚の儀に参列する最重要来賓でもあり私のお母様が久しぶりに顔を合わせる席。


 けれどもその晩餐会には驚くことに私が思ってもみなかった人物が一人参加していた。

 勿論その人物はモンシラ公国からの大使という立場でお母様と一緒にトラザイドへ入国してきたわけだけれども、正直「え、なんで?」そう思わずにはいられなかったのだ。


 お母様の左隣に座り、私の真正面の席に着く人物、それは――


「公女殿下におきましては、大変ご健勝のことと存じます。モンシラ公国を代表いたしましてあらためて結婚の儀の恙なき成功をお祈りいたします」

「あ、りがとうございます……コザック男爵」


 顔がヒクつくのを必死になって押しとどめる。そう、お母様をエスコートして晩餐会の席についたのは、モンシラ公国より結婚の儀に参列するための特派大使に任命されたルーク・コザック男爵だった。

 つまり私の侍女、ミヨの実の父親だ。


 えええ、知ってた?ミヨはこれ知ってたの?……あー、知ってたよねえ、絶対に。


 このトラザイドで手広く商売をしているルカリーオ商会は、コザック男爵家の持ち物じゃない。

 実際、私がお金を借りたいといった時にもあっという間に連絡を取っていた。そんな濃いつながりのあるルカリーオ商会だ。どうやっているのかは知らないけれども、遅くともお母様が出発した時点でその話は通っていたに違いない。


 でもだとしたらどうしてそのことをミヨは教えてくれなかったのか。また一つ、不信感とまではいかないが、ミヨに対する疑問が増えた。

 そんな納得できない思いを持ちながら、ダークブラウンの髪に、ミヨとよく似たブラウンの瞳のコザック男爵を見る。


 公邸からほとんど出ることがなかった私は、あまりコザック男爵に馴染みはない。銀行業務のような市井で行われる仕事とは縁がなかったからだ。

 しかも男爵という爵位で政の職務についていない彼は、本来ならば特派大使として選ばれることはないはずだと思う。


 けれどもこうやってお母様と並んで座る男爵はとても自然にエスコートするし、妙に堂に入っている。そしてその後ろに立つ、元騎士副団長セルビオ・ダイナーズ子爵とも何かしらの意思疎通が出来ているように見える。


 本当に訳が分からない。そんな思いで口にする晩餐会の食事の味だって分かるはずがない。

 心臓がどくんどくん音を立てるのを必死で取り繕いながら、私はなんとか無事にこの場が終わることをひたすら待つしかなかった。

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