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フライングゲット

 そうして騎士爵を賜ったヨゼフは、それに見合った責任も課せられたようで、今後王太子妃となる私のための護衛騎士団の長となる。

 オルロ殿下がフライングで伝えてしまった通り、騎士見習いから数人騎士に昇格させて配下に置くそうだ。

 他にもアクィラ殿下の第二騎士団より熟練者たち幾人かを移動させ、さらにはなんとあの派手騎士ルイード君も療養から復帰した折には護衛騎士団へ入団となる予定らしい。わーお、ビックリ!


「カリーゴによれば、ルイード・オッシーニは騎士の誇りを台無しにされたところをリリーに助けられ、随分と心酔しているようだからよく忠誠を誓うだろう。それに伯爵家の四男ということで貴族の事情にも明るいから、ヨゼフの補佐をさせるつもりだ」


「一回ぶちのめしましたから扱いやすいんじゃないかなと思って、拾ってやりました」


 私が首を捻ると、アクィラ殿下とヨゼフは薄らと笑いながら、二人してなんとも酷い台詞を吐き出した。


 つまり、あの模擬戦が原因で落ちた評判と、無くした職に代わるものを与えるから働けよ、ということか。

 上司は脳筋で突拍子もないことをし出す恐れもあるので、その首輪でもあるらしい。頑張れ、ルイード君。


 ……ちょっとだけ可哀そうな気もするけれど、アクィラ殿下と私の期待に立派に応えて欲しい。

 これから私の護衛をしてくれることになる騎士の健闘を祈っておいた。


***


 全く思いがけないことの連続で驚くほど速く時間が過ぎ去っていき、とうとう結婚の儀まであと三日となった。

 朝、私は今までになく落ち着かない気分でいつもよりもかなり早く目を覚ました。


 今日の午後には、モンシラ公国の大公妃殿下であるお母様と、私の双子の姉、メリリッサがこのトラザイドへとやってくる。それも、第二公女リリコットとしてだ。

 そのことを考えれば考えるほど、何か重いものがのしかかるような気がしてどうしようもない。


 ハンナたちを呼び出すこともせずに、ゆっくりとベッドから起き上がり、部屋に備え付けられている大きな姿見の前に立つ。

 寝間着姿の今、当然だが化粧っ気の一つもなく、きらびやかなドレスやアクセサリーなども身に付けていない。それでもこのリリコットの姿は美しいと思った。


 キラキラと光る金色の髪がさらさらと肩にかかり、白い肌に潤んだ青い瞳、通った鼻筋からサクランボのような唇まで、どこをどう切り取っても目を見張るほどの美しさだ。

 その上ここへきてアクィラ殿下への想いを自覚し、恋の喜びを知った。


 本来ならばその愛しい殿下との結婚の儀を控えて浮き立つはずの気持ちが、ふとした時に、しゅうっと音を立てて沈んでいく。それもこれも、全ては彼女のせいだ――


「メリリッサ、あなたは一体何を考えているの?」


 離ればなれになったとはいえ、たったの三ヶ月。恐らく見目は相変わらず瓜二つのままだろう。

 鏡に映る自分の姿にメリリッサを重ねてそう問いかけると、何故か自分の意思に反して顔を横に背けてしまう。


 まるでメリリッサに対峙しているかのような不安に蓋をして、ぐっと拳を握り締めもう一度鏡を覗けば、そこに映っているのは頼りなく泣き出しそうな顔をした(リリコット)がいた。


『怖いの。怖くて仕方がないの』

「そんなことない。毅然とした態度でいればいいのよ。この結婚に、メリリッサは異議は唱えられないわ。だって、そんなことをしたら自分だって身の破滅だもの」

『違う……そうじゃない。でも』

「どうして?八歳の私はそんなこと言わなかった。もっと気が強くて、私を虐めるメリリッサのことを子ども扱いしていたじゃない。覚えてないの?それでも怖い?」

『覚えている、でも怖いわ。だって、あの、……、が――』

「え、何?なんて言ったの?」


 ただひたすらに怯えるリリコットが顔を歪めて消えていく。それと同時に目の前の鏡に映るのは、紛れもなく今の私の姿だった。


 私にはまだまだ思い出せていない記憶が多いから、一体何があったのかわからない。けれども確かにリリコットの心に傷をつけた出来事はあったのだと確信をした。

 そのためにリリコットはこうやって自分を追い詰めていったのだろう。ゆっくりと、自分の首を絞めていくように。


 初めてこの世界で覚醒した私は、とてもメリリッサに腹を立てていた。

 それはもう、全ての理不尽の元凶がメリリッサだと知れば知るほどに、一発ぶん殴ってやりたいくらいに。公女?淑女?なんて気にしない、いつか絶対にやってやると、何かがあるごとに思っていた。


 けれどもリリコットの記憶と同化し始めた私には、いつの間にかメリリッサのことを恐れる感情が確かに芽生え始めていたのだった。

 正直に言えば私だって、彼女と会うことには不安が付きまとう。それは、アクィラ殿下との結婚を邪魔されるかもしれないという明確な理由だけでなく、単純な恐怖も感じる。


 だから今は彼女の気持ちを否定はしない。ただ、それでも――


「負けてなんていられない。傷ついてなんかやらない」


 大きく息を吸いこんで、自分自身に誓った。


 そうして鏡の中をもう一度見直す。少しフライング気味だけどいいだろう。

 ベッドの横に置いてある、普段鳴らしたことのないベルを鳴らせば、ハンナとミヨが慌てて寝室へと入って来た。


「さあ、今日は未来のトラザイド王国王太子妃に相応しいという装いを。完璧に仕上げてちょうだい」


 私のその言葉に、二人大きく目を見張らせたが、やはりミヨが真っ先に食いついた。


「姫様!やる気満々ですねっ!」


 勿論、ある意味今日が勝負の時でしょう?だから、思いきり気張ってあげようじゃないの。


「先手必勝よ。まずは、私が以前の私じゃないことを教えてあげないとね」

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