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二億四千万の誓

 ヒック!ヒ、ヒック!あらら失礼。驚きすぎてしゃっくりが出てしまいました。


 いやねー、公女らしくない所作で申し訳ありませんわ……えーと、そういえば、オルロ殿下はさっき何て言ったのかしら?

 ん?んー……と、確か、ヨゼフが騎士爵を、とかどうとか?あはははは、まさか、冗談でしょう。ねえ?


 思いっきり現実逃避に走っていると、なんとも釈然としないといった声でファルシーファ様がオルロ殿下に問いかけた。


「ヨゼフ殿?公女殿下の護衛騎士の方ですね。確かですか、オルロ殿下」

「私は授爵について戯れなどは申しませんよ」

「……そうですか、わかりました」


 冗談じゃなかったのかー……マジか。

 ああ、そういえばヨゼフはこれからのことで、成すべきことを成すようにと、アクィラ殿下にも言われていたっけ。

 でもなー、まさかそれが騎士爵の授爵だなんて思いもよらなったんですけど。そもそもいくら他の爵位と違って世襲制ではないと言っても、そんなに簡単にもらえるものなの?騎士爵って?私の護衛騎士ってことだけど、モンシラの騎士なんだよね。


 これは一度確認してみないといけない……ック!

 その前に、なかなかひかないしゃっくりも、どうにかしなければいけないと考えながら、アウローラ殿下たちに断りを入れ部屋に戻ることにした。


***


「もう伝わってしまったらしいな、リリー」

「…………ええ、そのようですよ。殿下」


 今日は会えないと言っていたにも関わらず、夕食の後でまた寝室側の続き扉からやって来たアクィラ殿下へ向かい、出来るだけ感情を込めずに答えた。そうしてプイっと顔を背ける。


 あれから部屋で色々考えてみると、ヨゼフが賜る騎士爵については正直私が関知できるものではないなということで落ち着いた。

 色々と制約がある中で認められたのだろうから、それはいい。けれども考えがまとまるのと同時に、授爵されるまで私に何も言ってこなかったということにはとても腹を立てたのだ。


 私がヨゼフの主なのに。主だったのに。

 それが授爵によって、トラザイド王国の騎士となってしまった。それが悔しくて、アクィラ殿下への返事もそっけなく返してしまう。


「まったく……まさかオルロが口を滑らすとは思わなかった」

「それは……」


 確かにファルシーファ様との売り言葉に買い言葉で滑ってしまったには違いないが、私としてはもっと早くに教えて欲しかったことだ。そうであれば、今こんなにも淋しい思いはしなかった。

 そんな私の気持ちを知ってか知らずか、アクィラ殿下は私に向かい言葉を続けた。


「しっかりとした場を持とうと思っていたのだが仕方がない。ヨゼフ――」


 そう名を呼ばれ部屋に入って来たヨゼフの姿を見て、もう一度しゃっくりがぶり返すレベルで驚いた。


 金糸の飾りが付いた紺色の丈の長いジャケットに、同色のマント。肩に掛けられた深緑のサッシュには騎士爵の称号である勲章が輝いている。

 トレードマークの赤い髪も綺麗に櫛が入っているようでツヤツヤだ。

 モンシラから着ていた簡素で動きやすさだけが取り柄の騎士服を着ている時とは違って、三倍増しで格好よく見える。


「……ヨゼフ?」


 化けるとでもいうような見事な騎士ぶりに、思わず首を捻ってしまった。

 するとヨゼフはつかつかと足音を立て私の前にでる。腰に下げていた剣を鞘ごと抜き取り、剣先を天に向けるように立ててマントを翻すと、ストンと軽い音を鳴らし、そのまま私の足元に片膝をついたのだ。


 そうして私の目をじっと見つめ、それから静かに、それでいてとても響く声で朗々と宣誓の言葉を紡ぎ出した。


「騎士の誇りをここに捧げます。億千万の敵を蹴散らし、還るべきは我が主の元に――永遠の忠誠を誓うことをお許しください」


 手首をくるりと回し、両手に持ち替えたヨゼフの剣が私の前に差し出される。

 どうしよう。これはどうしたらいいのだろうか?ああ、模擬戦の時、ルイード君がナターリエ様へと似たようなことをしていたことを思い出す。


 あの時、なんと言って?……いえ、これは私――リリコット・カシュケールとヨゼフの誓いなのだ。私の言葉で私の思いを告げなければ意味がない。


 すうっと息を吸いこんで、きゅっとお腹に力を入れる。そうして差し出された剣に右手を添えた。


「我が剣、我が騎士よ。永遠に守護することを許します――一生、側に仕えなさい、ヨゼフ」


 そうして剣をぎゅっと握りしめると、固く引き締められたヨゼフの口の端が上がる。


「勿論。そうでなければあれだけ面倒くさい所作や、こ難しい口上など必死になって覚えて、わざわざ騎士爵など賜りませんよ」


 そう言って、いつものように肩を竦め飄々とした表情をみせた。


 主従の誓いを済ませると、それまで静かに見守ってくれていたアクィラ殿下がいつの間にか私の横に居た。そこでこのヨゼフの授爵について話を聞かせてもらうことが出来た。


 この授爵にはヨゼフのお父さんのお兄さん、つまりボスバ領のマリス領主の意向もあったということらしい。

 ボスバールがトラザイドに併合することになった時、ボスバ領は王であったヨゼフの伯父さんが治め、ヨゼフのお父さんは男爵位を賜りボスバ領の窓口となって、徐々にボスバの閉鎖的な意識を変えていくという話がついていた。

 しかし、それをよしと思わなかったヨゼフのお父さんの出奔が状況を狂わせたという。


「まあ、そのツケを払えと、伯父貴に詰めよられたってわけです。親父が素直にお貴族様になってれば、いつまでも閉じた世界にいなくてよかったんだからな、と」


 つまり、まずはヨゼフに騎士爵を戴かせておいて、王太子妃になる私の護衛をこなしている内においおい男爵位あたりを授爵させようという魂胆らしい。


 そこで、授爵に必要な後見人にはボスバ領主が、推薦人の貴族二名にはラゼロ辺境伯と、いつかのパーティーで話をして妙に気に入られた侯爵位のヨーク将軍がなってくれたということだ。

 トラザイドにおいての武の二大巨頭の推薦を受け、ちょっとびっくりだが模擬戦において若手でもトップクラスのルイード君に圧勝したこともそれなりに加味されたと聞いて、こうなると何が幸運に転ぶかわからないと思った。


 うん、それでボスバの閉鎖的環境がすぐにどうにかなるのかはわからないけれども、窓口をヨゼフに一本化したいという考えは理解できた。

 今はボスバ語のわかるアクィラ殿下が窓口になっているようだけれども、それも段々と難しくなってくるだろう。

 つまり、それがヨゼフの言っていた『年寄りの願い』ということなのか。たった一人取り残されたヨゼフに、親戚とのつながりが残っていてよかった。


「それならば、今後ともマリス領主とよく連携し合って、よき方向へ運んでね」

「はいはい、わかりました。そのつもりです」


 相変わらず適当な答えに、それでもうんうん、と頷きながら聞いていると、アクィラ殿下が嘘を吐くなとヨゼフを茶化す。


「お前は騎士爵がなければ、公の儀式でリリーの護衛が出来ないと知ったからこそ必要になっただけだろう」


 ん?そういえば、結婚の儀の介添人も爵位がないと出来ないって聞いたけれど……まさか?

 疑わしい気持ちでヨゼフを覗き見れば、こっそりと舌を出していた。


 ヨゼフ……あんたって人は、本当に、ほんっとうに、残念な男だ。でも、悔しくなるくらい頼りになる男でもある。


 そうね、もうこうなったら、願い通りきっちりと守ってもらうから覚悟してちょうだい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヨゼフ……どこまで姫様第一主義なんだww 授爵は渋々受けたのかと思ったら……たぶん話を持ちかけたのはアクィラ殿下でも、公の場での護衛の話を聞いてヨゼフは1も2もなく受けたんだろうなぁ〜。…
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