兵、集う
しかし一晩寝てしまえばまた慌ただしい朝が始まる。
今日のリハーサルについて、私は特にやることはないとアクィラ殿下に言われてはいたものの、王宮内で皆がばたばたと動き回っているのを見かけてしまうと、なんだか気分だけでもソワソワとしてしまう。
特に本番同様の料理を作る賄い方の忙しさは凄まじいものであったらしい。あのミヨでさえ、鬼気迫ってて皆ヤバいですと言っていた。
だとしたら、本当に今日は大人しく部屋にいたほうがいいのだろう。ここのところ忙しすぎる日々を送っていたから、急にそう言われても中々ゆっくりと出来ない気分だが仕方がない。
さあ、ゆっくりと……って、何をすればいいのか?
そんな矛盾でしかないことを考えていると、いつの間にかファルシーファ様やアウローラ王女殿下が私の部屋へと遊びに来ることになり、気が付けば一緒にお茶をして昼ごはんまで食べていた。
それから散歩といって連れ歩かされた先にはオルロ殿下がいて、ファルシーファ様と険のある言葉で応酬し合う。
本当にこの二人、どうにか節度を持って話し合って欲しい。
そこへイービス殿下までもが乱入してきて、俄然周りが騒がしくなってしまった。ふう、疲れた。
あれ?ゆっくりってなんだったっけ……
なんとか二人を引き離そうとしたがそう簡単にはいかなかった。そもそも護衛もできるほど強いファルシーファ様を非力な私が動かそうとするのが無理。
だからもうこの二人、いや三人は放っておいて、アウローラ殿下と二人で先を進むと、今度は訓練中の騎士見習いの子たちにどわどわっと囲まれた。
うわっ、なにこれ?と一瞬腰が引けたのだけれども、彼らが「おめでとうございます!」と結婚のお祝いの言葉を一生懸命口にするのを聞いてぽかんとしてしまった。
こうして直接伝えられるだけでも、騎士見習いになった甲斐があっただの、僕らの特権です、家族に自慢しますだの、そんな言葉も一緒になって話すその顔は、繕ったり媚びたりするような表情ではなく、本当に心から喜んでくれているのがわかる。
確かにこの子たちには、ヨゼフと派手騎士ルイード君との模擬戦や、診療室の視察の時に顔を見せたことがあった。
特に、ヨゼフの戦い方には騎士見習いの子の多くが興奮していたようだったから、その主である私にも色眼鏡をかけないでくれていたのだろう。
ええと……どうしよう。ちょっと涙が出そうになるくらい嬉しいんだけど。
悪公女と噂され、いくら自分では気にしないと強がってはいたものの、やっぱり心の中ではわかってもらえないことに寂しさや辛さも感じていたのだ。
それがそんな噂を知っているのにも関わらず、こうして私へと優しい言葉をかけてくれる人も大勢いるのだと知って心が震えた。うん、すごく、すごく、嬉しい。
でも、こんな人前で泣くわけにはいかない。だって私は公女であり、そしてアクィラ殿下の元へと嫁ぎ、この国の王太子妃となる。だからこそ、人前で泣いてはいけない。
ぐっと力を入れて我慢をする。……いや、違う。
我慢をするんじゃない。心に溜まったこの気持ちをそのまま皆に向けて返すのだ。
自分でも最上といえる笑顔をのせて、丁寧に、それでいて決して媚びることなく、与えるような気持で――
「祝福をありがとう。あなた方も良き騎士となり、トラザイドと愛する全てのものを守る、力強きものとなるように祈ります」
そう伝えると、それまでガヤガヤと好きなように動き話していた彼ら騎士見習いの姿が一変した。
私たちを取り囲むように立っていたのを止め、目の前に整列し直した。そうして全員が胸に手を置き、地面に片膝をついた。
「え?」
思わず声が漏れだす。ちょっと、ちょっと……そこまでしなくても、という気持ちで、立ち上がるようにと手を差し出すと、何故か私の後ろから声が響く。
「公女殿下がそなたらの気持ちを受け取られた。その御手をそなたらの心に繋げよ。そして忠誠を誓うがよい」
「はっ!」
はぁっ!?
一斉に声を上げ、恭しく頭を下げる騎士見習い。
え、忠誠とか、嘘でしょ?何を言ってくれてるの、この声は?
見たくないような気持でギギギと首をひねると、そこには満足そうに笑うファルシーファ様と、半分呆れ顔のオルロ殿下が立っていた。
ついでに言えば、オルロ殿下のその隣には面白いものをみたとでもいうようなイービス殿下もいる。
「ファルシーファ様っ!な、な、何を……」
「リリー公女殿下、よろしゅうございました。まだまだ若い騎士見習いなれども、彼ら全て公女殿下へ忠誠を誓うものです。これからは私が彼らを鍛え、一騎当千の騎士に育て上げます。どうぞお任せくださいませ」
何言っちゃってるんですかぁあ!?
いや、おかしいでしょう?だって、騎士見習いの子だよ?これから騎士となって、色んな所に配属なり、貴族の専属となっていく、未来ある子どもたちでしょうに。
それを全員私の騎士にするとか冗談でしょ?
もし本気で言ってるんだとしたら、ファルシーファ様ってとんだ脳筋だ。
今日初めて見せるにこにこの笑顔のファルシーファ様に、私の冷や汗が止まらない。
おかしい、私はお祝いの言葉にありがとうと返しただけだったのに、どうしてこうなったのだろうか。
ああ、ここは派手にケンカになってもいいからオルロ殿下になんとかしてもらった方がいいだろう。
期待半分、懇願半分の視線を向ければ、仕方がないですねと言いたげなため息を吐くのが見えた。
やった!これはいける。そうだよねー、この子たち全員だなんてそんな無茶ぶりが通じるわけがない。さあ、言ってやってちょうだいと、心の中で両手を合わせた。
「ファルシーファ殿、この中の数名はすでに公女殿下の騎士として任務に就くことが決まっています。ですが、その指揮を取るべき人物はあなたではありませんよ。そもそも騎士爵を持たないあなたに指揮権はございません」
「……辺境伯の総領である私以上に相応しいものがいるとは思えませんが?それに、現在騎士爵を持つ方々はすでに各団長、副団長の役職に就いており、兼務は難しいでしょう」
強気に出るファルシーファ様。
なるほど……ということは、今は指揮権を持てる人材が足りないのか。なら、別に私の為の騎士団なんていらないんですけど。
そう伝えようと口を開きかけたところで、ファルシーファ様へ向かい合ったオルロ殿下からとんでもない言葉が飛び出した。
「ええ、ですから本日の勲爵士の授爵にて、新たな騎士爵が誕生いたしました。公女殿下もご存じの、ヨゼフ・マリス騎士は我がトラザイド王国の騎士爵を賜ったのです」




