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噂のおんな

 ふう。とりあえず一息吐き出して、気持ちを落ち着かせる。


 今日の噂っていったら、どうせアレでしょ?

 オルロ殿下は気を使って、懐剣を持たせることはしなかったけれど、馬車に乗って散々アクィラ殿下と一緒にいるところを見せて回ったのだ。

 色仕掛けだのなんだのと言われてもおかしくない。


 ははん、いい加減慣れたものだ。どんとこい、悪評!

 そんな気分でぐいっと顔を上げた。


 ……ら、思ってたのとなんか違った。


「姫様とアクィラ殿下のラブラブっぷりをー、最初は微笑ましく見ていたんだけれど、いつまでもいちゃいちゃしてるもんだから、途中から痛々しくて見てられないって!」


 悪公女どこ行っちゃった?……って、痛々しいってなんだ!?


「あのね、ミヨ。それって本当に賄い方の方での噂なの……?」

「はーい。あんなところでちゅっちゅしてるもんだから、皆ちょっと呆れてましたぁ」

「え、待って……ちょっと、どこからどこまで見られてたのよっ!?」

「最初っから最後までじゃないですかねえ」


 ひぃいいい!木々に遮られていたからこそ油断していた。

 そりゃそうだ、大したことでもないのに噂があっという間に広まるこの王宮で、壁や障子があったって目も耳も防げるわけがないのに、あんなオープンな場所でキスをしていれば見られても当然だった。


 ん?しかし、なんだかミヨの口調がニヤニヤしているし、なんとなく今の台詞の感じだと、あまり悪意は感じられないのだけど……


「ねえ、微笑ましいって言っていたのは、本当かしら?その、悪公女、とかって……」

「微笑ましかったのは最初だけですけどね!」


 わかってるっていうの。そこまで強調しなくていいから。


「後はもう、甘さにあてられてたみたいですよぉ。皆、お腹いっぱいって顔してましたもん」


 そ、そうですか。あー……悪公女が殿下を誑し込んでるとは思われていないってことでいいのかしら、それって。

 今までの噂の広まり方からしても、ちょっとだけ納得できない気持ちで目を瞑ると、ファルシーファ様の冷たい声が聞こえた。


「元々そんな噂が蔓延する方がおかしいのです。たとえモンシラ公国で何があろうとも、アクィラ王太子殿下のご伴侶としてリリー公女殿下が嫁されることに対して、不満のごとき流言語るなどもってのほかです」


 うん、全く根拠のない嘘ではないのが否定しきれないところだ。

 しかも、メリリッサが来ると思っていたアクィラ殿下のやる気の無さがその噂に拍車をかけていたようだったし……


 ファルシーファ様はついこの間まで王都から遠い辺境伯の領地にいたから、私の噂は全く聞いていなかった。

 勿論父親であるラゼロ辺境伯は他国の貴族から話だけは聞いていたようだけれども、実際王都に着き仮面舞踏会で私に会ってみるまでその話は一言もしなかったということだ。


 つまり一切の情報なしに私と会い、その上で仲良くなってくれた友人なので、私の悪い噂にはもしかしたら私以上に腹を立てているかもしれない。


「ここまでその噂が蔓延したのも恐らくは、アクィラ殿下の目に留まりたいというどこぞの令嬢やそのおとり巻きの仕業でしょう」


 そう言って、上手くノバリエス元外交官に使われたナターリエ様やドーラという侍女のことを暗に指した。

 それに関して言えば納得できるところもあるし、全てを安易に頷けるかといえばそうでもない部分もある。


 そもそもナターリエ様は侯爵家の令嬢だから、貴族のご令嬢たちへ噂を広めるのは簡単だっただろう。

 実際、仮面舞踏会でのご令嬢たちの様子をみても大体変わらない。


 けれども王宮内の下働きにといえば絶対に無理がある。

 あのドーラという侍女は仮にもアウローラ殿下付きの侍女だったのだ。多分、その親は爵位があるか、それなりの商売で身を立てた人物だと思う。そうでなければ王女殿下の侍女にはなれない。

 そんな腰かけ侍女が、下働きのところへ行って噂をばら撒く?

 ううん。うちのミヨみたいに貴族令嬢らしくない人間ならいざ知らず、なんとなくしっくりこない気がする。


 ふと、思い出した。そういえば彼女たちはあれからどうなったのだろう。

 部屋荒しのことは聞いていたらしく、ファルシーファ様が彼女たちのその後の話を教えてくれた。


「ナターリエ嬢は、表向きは病気療養ということで、兄上と共に領地に戻られたようです。初めはバスチフ侯爵が責任を取り連れていき謹慎されるとおっしゃっていたようですが、それは王太子殿下がお止めになられました。監督不行き届きの責を取るのならば、王国の為に仕事をしろと」


 確かに、結婚の儀を前にしてそこそこ力のあるだろう侯爵に謹慎されては何があったかと勘繰られる。

 バスチフ侯爵が何も知らなかったのならなおさらだ。


「侍女の方は、確かゾイドー男爵家の三女でしたか。そちらは侯爵家ゆかりの修道院へ送られたと聞いております」

「そう、修道院へ……」

「リリー公女殿下のお部屋を荒し、王太子殿下からの贈り物を盗んだとあっては、これ以上軽い刑になることはございません」


 百合香(わたし)の感覚ではちょっと厳しいかもという考えもよぎったが、それくらいで済んだのならば軽いほうだと、安堵するリリコット(じぶん)もいる。徐々に二人の考え方もリンクしてきた。


「ですからあまりお気になさらぬように」

「ええ、わかっているわ」


 ファルシーファ様の労わるような声に、言葉を返す。けれどもやはり一つのことが頭に引っかかったままだった。


 いったい、誰が下働きのところにまで私の噂をばら撒きにいっていたのか?

 ナターリエ様やノバリエス元外交官ほど実害があったわけではないのだけれども、妙に気になって仕方がなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 私はテーブルクロスの刺繍が リーディエナだったことが分かった時に 舌打ちした人物が誰だったのか 気になって仕方がないです
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