開き直りも護衛のうち
「……三日間のリハーサルではなかったのでしょうか?」
「リリーのやるべきことは、もう一通りは済んだだろう?最後の一日は、主に料理人たちが披露の宴で出すための料理や、騎士たちの警備のための配置訓練のために当てられているだけだから、ゆっくり休むといい」
王宮敷地内を回る馬車の中で、明日も今日と同じような時間でいいのかと確認をすれば、明日はもういいから休めと言われた。
なんで?と食いつくと、まあそんな理由らしい。
確かに実際に動くには一度本番と同じようにしてみるのが一番いいというのは身に染みてわかっているので、そういった時間が皆同じようにとられているのはいいことだと思う。
けれども、警護はともかく、料理?まさか全部本番通りにっていうわけじゃあないよ、ね?だって、披露の宴ともならば、私がトラザイドへきて出席したパーティーの比じゃないはずだ。
それをリハーサルだからというだけで全部作るのか?
私の口元が引きつったのを見て、アクィラ殿下は肩を竦めた。
「言っておくが、リハーサルと言うからには本番同様に作らせるぞ。そうでないと意味は無いからな」
あ、やっぱり。でもなあ、流石にそれは勿体ないと、私の中の百合香がぶつぶつとくさる。
王族の面子があるのは十分承知している、しかも王太子の結婚の儀だし……でも、やっぱり勿体ない。
そんな気持ちがだだ漏れしていただろう私の頬を、アクィラ殿下がまた軽くつかんでふにふにと揉む。
なんか気に入ってない?それ。
「実際に料理を作らせるが、日持ちのしないものは今晩から明日の食事として王宮で働く者や警護の騎士たちに振舞うことになっているし、日持ちのするものならば教会やその庇護にある者たちへ王太子妃の名で送る手配をしたから心配しなくてもいい」
「あ……ありがとうございます……」
なんだ、ちゃんと考えてくれていたんだ。しかも、私の名前……というか王太子妃として送ってくれるとか、どんだけいい男なのよ。ああもう、すごく好きだなあ。
私の気にしそうなことを、さらっとやってのけるアクィラ殿下の気持ちが嬉しくて腕にぎゅっと縋りついた。
珍しく私からくっついてきたことに、ちょっとだけ驚いたようなアクィラ殿下。
でもすぐに蕩けるような笑顔を向けてくれた。そうして木々に囲まれた木漏れ日の中で、啄むようなキスをする。
「リリー……好きだよ」
「私もです、アクィラ殿下」
ふふっと笑いあっていると、ふいに目の前が開け王宮が姿を現した。そろそろこの馬車デートも終わりだと、ドレスの様子をみてどこもおかしくはないかと確認する。すると隣のアクィラ殿下から、はぁと小さなため息がこぼれた。
「残念だな、もう終わりか」
「そのようですね。でも楽しかったです。乗り心地も凄く良くて、風も気持ちよかったですわ」
そういえば、この世界でこんなに風を切るような感じを受けたのは初めてだった。
今まで馬車といえば屋根のついた箱型のものばかりで、ここまでオープンな馬車は乗ったことがなかったからだ。
百合香の世界だったら自転車でいつも感じていた風も、この世界では意外にも贅沢なものなんだろうなーなんて考えていると、ふと思い出した。
あれ、あの離宮でカリーゴ様に見せてもらった、二輪馬だったっけ。
あれならばそれなりに楽しめるんじゃないだろうか?
この結婚の儀の為のオープンカーならぬオープン馬車はそう簡単に乗ることは出来ないだろうけれど、あれなら頼み込めばいけるかもしれない。
よし、離宮に行った時にはぜひともアクィラ殿下に聞いてみよう。そんなことを考えていると王宮の馬車溜まりに静かに馬車が停車した。
アクィラ殿下のエスコートの元馬車を降りれば、ぎゅっと手を握ったまま明日の予定を伝えられる。
「私は明日会いに行けそうもないが、さっきも言った通りリリーはゆっくりと休むように」
「はい。あ、アクィラ殿下はお忙しいのでしょうか?」
「ああ、祝い事につきものの雑事が多くてな。軽微の受刑者への恩赦の手続きから、勲爵士の授爵もある。明後日からはそろそろ他国の招待客も集まり出すから、その前に全て終わらせなければ」
招待客という言葉にドキリとしたが、敢えて何もないように振舞った。そんな私の虚勢などアクィラ殿下にはお見通しだろうが、それでもそうすることに意味があるのだと思う。
「そんな訳だから、体を休めておけ。体調を整えておくのも務めだ」
「わかりました。それでは殿下こそ、くれぐれもご無理をなさらぬように」
「勿論。リリーのためにも」
そう言うと、握った私の手のひらを口元へ持っていき、指先にキスをしてくれた。
名残惜しい気持ちもあるけれども仕方がない。私たちの後を他の馬車で付いてきたファルシーファ様に連れられて、今日最後のリハーサル、披露の宴の為のドレスへ着替えるために足を進めた。
***
「終わった……終わった、あー……足が、痛い」
「それではリリー公女殿下、私がおみ足をお揉みいたしましょう」
「え?いいえ、それには及びませんわ。ファルシーファ様は私の介添人なのですから、そんなことまでされなくてもよろしいのですよ」
二日目のリハーサルが終わり自分の部屋に帰ると、ファルシーファ様がきっちりと後についてきてしまった。
どうやら護衛代わりの介添人だということが私にバレてしまったので、カリーゴ様と相談してそのまま王宮に泊まり込むことに決めたらしい。
「リリー公女殿下、私は王国の至宝を守るためにここに居ることを許された身です。マッサージでも、目に余るものの排除でも、なんなりとお言いつけくださいませ」
至宝ってなんだっ!?というか、ファルシーファ様……開き直ったな。
今までにないもの凄くいい笑顔で話しかけて来る。
ええと、どうしようかなー、と頭を捻っているとハンナとミヨが私たち二人分の夕食をワゴンに載せて戻って来た。
ファルシーファ様が私の護衛をしてくれるのなら二人でちゃちゃっとやれることやってきまーす!と勢いよく出て行ったミヨだったが、二人分の手があるのとないのとでは仕事が早く進むようだ。
やっぱりアクィラ殿下が言ってくれたように、結婚の儀がすんで王太子妃となったのならば少し侍女を増やした方がいいなと考えていると、私の隣に着いた途端に元気よく言い放つ。
「姫様ぁー!今日も賄い方では姫様のお噂でもちきりでしたよぉ」
ぐふっ!またか!?いったい今回はなんの噂なのよー!?




