サンライトパレード
王宮の正面扉を抜ければ、そこには王家の紋章が付けられた馬車が用意されていた。
結婚の儀における誓いの儀が行われる大聖堂は一応王宮の敷地内にあるとはいえ、裾の長いウエディングドレスを身につけて徒歩で向かうにはちょっときつい距離だから、これは大変に助かる。
乗り込む前にじっくりと眺めてみると、離宮へ視察に行った時のものとは違い、これでもかというほどに装飾が施された華美な馬車だった。
幌のようなものが付いているけれども、今はそれも掛かっておらず屋根のないオープンな形になっていて、その大きさの割に中はどうみても二人乗り。そしてそれを引く二頭の馬たちも房のいっぱいついた鞍や手綱など、随分と大げさに飾り立てられていた。
……なんかこれ、何かを思い出すような仕様なんだけれど……大聖堂への移動用よね?
少しだけそんな嫌な予兆を覚えつつも、ファルシーファ様に促されるようにしてその馬車に乗り込む。
ふっかふかの白いクッションが敷き詰められた座席は、思っていた以上に乗り心地がよくて大聖堂までの五分ほどの道のりでも、ゆっくりと足を伸ばせることにほっとした。
そうして所々に配置されている騎士や、仕事の合間に覗き込む下働きの顔をしり目に、私は大聖堂へとたどり着いた。
古く重厚なその大聖堂は、トラザイドの王宮と同時期に建てられたという。つまりは、トラザイドの歴史と共にある、由緒正しい聖堂だと聞いている。
太陽の光を受けてキラキラと光るステンドグラスに目をやりながら、ゆっくりと馬車を降りればそこには、紺色のジャケットに身を包んだアクィラ殿下が悠然と立っていた。
「リリー」
「お待たせいたしました、アクィラ殿下」
緑の瞳を優しく細めながらリリーと呼ぶ声に、思わず私の頬も緩んでしまう。
差し出されたその手にそっと重ねれば、今日も美しいなと褒めてくれた。殿下こそ、と返しながら大聖堂の中へと入る。
そうしてどこか懐かしいような香りに包まれた厳かな建物の中、祭壇正面に待つ聖司教様の前へ静かに進んでいった。
「本日のところはあくまでも予行ですので、お気を楽にいたしてくださいませ」
「ありがとうございます、聖司教様。なにぶんにも慣れぬ身ですが、精進いたしたいと思いますので、ご教示のほどよろしくお願いいたします」
私が静々と教えを乞うと、ほうっと声を漏らした。それからアクィラ殿下へと顔を向ける。
「王太子殿下におきましては、良き伴侶をお迎えすること喜ばしく存じ上げます」
「ああ、その台詞以上に私の心を表すものはないな。ビューゼル聖司教、よろしく頼む」
白く長いひげの聖司教様がにっこりと笑顔をみせる。どこかで見たような顔だなーと思っていると、「それでは」の一言で儀式のリハーサルが始まった。
おっといけない、集中、集中!絶対に間違えることがないように、しっかりと聖司教様のお話を聞いておかなければと、他の考えをシャットアウトした。
「では、大聖堂での誓いの儀の後は、アクィラ殿下もこちらの馬車に乗っていかれるのですか?」
「そのつもりだが、何か?」
聖司教様から教えをいただいた誓いの儀のリハーサルが終わり、さていよいよ最後に披露の宴が行われる王宮の大広間へ戻る段になって、そう伝えられ驚いた。
そもそも昨日のリハーサルではアクィラ殿下は参加しておらず、大聖堂も王宮内から場所を教えてもらっただけにとどまっていたから、その辺りの予定は全く知らなかった。
やっぱりこうやって一回通しでやってみることって大事よね、うん。
そんなふうに頷いていると、アクィラ殿下はさくさくと私をエスコートして二人乗りの馬車に乗せる。
おっと、待った。これでは介添人として付いてきてくれたファルシーファ様はどうやって戻るのだろうか?私の疑問は口に出さずとも、察してくれたファルシーファ様が口を開く。
「本日も当日も私はカリーゴ殿と共に、他に用意した馬車にて後ろをついていきます。ですから公女殿下には心置きなくパレードへご出発くださいませ」
あー、そうか。結婚の儀の当日は、誓いの儀が行われるこの大聖堂には他国の招待客や王国内の高位貴族が参列する。当然その中にはファルシーファ様の父親であるラゼロ辺境伯も居るわけだから、そこまで心配することもなかったんだよね……って、出発?え……え?
パレードぉおっ!?
「き、き、聞いてないんですけれど!?殿下、まさか……?」
あんぐりと開いた口が塞がらない。予定では、誓いの儀が終わり次第、大広間へ移って披露の宴が始まるんでしょ?
そう尋ねようとして、口をぱくぱくと動かしていると、私の頬をむにんと掴んだアクィラ殿下が、ごまかすように肩を竦めた。
いやいや、何してるのよと、その腕の袖を引っ張るが、全く気にしていない。
それどころか「そのためのリハーサルだ」とうそぶく。そんなアクィラ殿下の代わりに、今日もしっかりと付いてきているカリーゴ様が答えてくれた。
「元々歴代の王族の結婚の儀では皆、王都へのパレードを行うのが慣例なのです。ですから、公女殿下にもぜひ前例に倣って欲しいとのことです」
つまりこれも、相手がメリリッサの予定だったから入れずにすっ飛ばしていた慣例らしい。
ああ、もう。なんて現金で、それでいて……可愛い人なんだろう。
リリコットだからこそ、きちんと全てを執り行いたいと好きな人に言われて、嬉しくないわけがない。
ただそれでもあまりにも急な変更はこっちも心臓が持たないので、そこは一言だけでも言っておく。
「もう他には、私を驚かせるようなことはありませんでしょうね?」
「おそらくは……ないな」
にやりと笑いかけウインクするアクィラ殿下の姿は、胸がぐっとくるほど格好いい。格好はいいが、とても信用できなーい。ぐう、やっぱり負けるわ。
私の沈黙をスタートの合図に馬車が走り出す。それ以上は何も言えないまま、しばらくの間、王宮の敷地内でリハーサルと称した馬車のドライブデートとあいなった。




