ドナドナ
ふ、ぉおおおお!
会場へ通じる階段のカーテンが開かれると、一斉に皆の視線が私たちへと集まった。
覗き見していた時よりも、さらに人の数が増えているよ、おい!
ひきつりそうな顔を、無理やりなんとかしようとするものの、上手く出来ているかわからない。
しかしアクィラ殿下のエスコートでゆっくりとその大階段を下りて行くと、楽団の奏でる音楽が一層華やかなものに変わっていった。それを機に、自然と拍手が鳴り響き始める。
そうして、思っていたよりも多くの拍手に迎えられ、私たちがフロアよりも一段高く設置された雛壇へと辿り着くと、そこには誰よりも威厳ある姿の金髪の中年男性と、まるでプラチナのような銀髪を結いあげ、目元がアクィラ殿下とよく似た涼し気かつゴージャスな美女が立っていた。
一目見て、アクィラ殿下の両親であり、このトラザイド王国の国王陛下と王妃殿下だということがわかる。
リリコットはともかく、百合香の記憶を多く持つ私は、いまだかつて国のトップという人間になど出会ったことがない。
見たことがあるのだって、いいところ選挙カーで走り回りながら、誰もいないところにありがとうごさいますと連呼して手を振り回すなんちゃら議員立候補者くらいだった。
勿論リリコットの父親だって、モンシラ公国のトップ、大公殿下ではあるけども、それも記憶上で思い出しただけで、直接自分が会ったわけではない。
だから知らなかったのだ、本物の王様のオーラというものを。
い、威圧感半端ないわ、これ……
じっと見つめられるだけで、全てを見透かされるような感じがする。居心地が悪く、背中に汗が伝う。
なんか、もう帰りたい。どうすればいいかなんてわかんない。
黙って走り去りたいのだが、ダメだろうな。
表情は出来るだけ変えないようにと、頑張ってはいるが、そろそろ限界だ。
そう思っていると、アクィラ殿下の凛とした声が私の真横から聞こえた。
「国王陛下、王妃殿下。婚約者のモンシラ公国第一公女、メリリッサ嬢です」
流れるような所作で私を紹介すると、ちらりとこちらへ視線を向ける。
そうだ、これは大事な顔合わせのためのパーティーなのだ。ここで諦めてしまったら、全てが台無しだった。
どのくらいメリリッサの悪評が伝わっているのか知らないが、少なくともモンシラ公国や婚約を決めたトラザイド王国の威信を落とすわけにはいけないと奮い立たせる。
ぐっとお腹に力を入れて、無理にでも口角を上げた。私は全くわかっていないが、挨拶はリリコットが覚えているはずだ。
頑張れ、リリコット!
あんた、マナーも国内外の事情だって、もの凄く勉強したんでしょ?わかってる。
ほとんど百合香の記憶しか覚えていないこんな私が、戸惑いながらもなんとかこの世界でやっていけているのは、リリコットの長年積み重ねてきた成果のお陰なんだからね!
メリリッサに成り代わって、トラザイドのことだって調べてきたはずだ。あんまりいい記憶じゃないけど、ところどころ思い出してることだってあるでしょ。
私の中から居なくなってなんかいないわよね。
信じてる。だから、任せるわ!
強く心に言い聞かせて、瞳を一度閉じた。
そうしてゆっくりと瞼を上げた後、ふわりと真っ赤なドレスの裾を綺麗に波立たせながら大きくお辞儀をしていたのだった。
「トラザイド国王陛下、並びに王妃殿下。モンシラ公国、バリオ三世が第一公女、メリリッサ・カシュケールと申します」
深い、最上級の礼を国王陛下たちに向かい捧げ、体をゆっくりと上げて両手をお腹の位置で合わせる。
静かに微笑むような表情を見せると、ほうっ、と小さなため息のような声があちこちから漏れ聞こえた。
「うむ。長い婚約期間でもあったからな、すでに娘の様に思うておる。結婚の儀まで健勝に過ごせよ」
「ありがたきお言葉にございます。その日を心待ちにしております」
鷹揚な態度で言葉をかける国王陛下の様子を見るに、第一関門は突破したようだ。
しかし、ふう、と一息を吐く間もなく、第二関門が大きな口を開けて襲い掛かってきた。
「まあ、お話に聞いていた通りに美しくお育ちあそばしたのね。覚えていらっしゃるでしょう?わたくし婚約前に一度、貴女にお会いしたことがありましてよ」
はっ!?
思わず声を出すかと思った。王妃殿下のその言葉に、息が止まるかと思うくらい驚く。
覚えている訳ねぇーっ!
思い出していることすらほとんどないのに、婚約前のことなどわかるはずがない。
てか、それっていつのこと?
さっき国王陛下も長い婚約期間って言ってたけど、いつの話だ?習ったことではないから知識として覚えていないのかな?
後でハンナに確認しておこう。
というか、それメリリッサの方じゃないの?
ただでさえ婚約の時期も知らない、その上どっちが会ったのかもわからない。
この質問はイエス・オア・ノー、どちらを答えてもバッドエンドしか辿り着かない気がする。
一度ひいたはずの冷や汗が、またまた背中を流れていく。もうどうにでもなれと、本当のことを言おうかと諦めたその時、今まで静かに見ていたアクィラ殿下が口を挟んできた。
「十年も前のことなど、直ぐに思い出せることでもないでしょう。思い出話はまた日を改めてはいかがですか?皆様も陛下のお言葉を待っておられますゆえ」
「おお、そうだな。エフェリー、また後日ゆっくりと義理母娘の語らいをするといい」
「……仰せのままに、陛下。それではまたね、メリリッサ」
陛下の鶴の一声で引いた王妃殿下だけれど、なんとなく言葉に含みを感じる。
やはり、悪い噂を聞いているのだろうなあ。
そうなると、日を改めてチクチクやられるのだろうか?ただでさえ嫁姑の立場になるのだから、少しくらいの交流は仕方がないが、あまり好んでしたいものではない。
うーん。また、胃が痛くなる。胃薬欲しい……
切実な思いを胸に抱きつつも、そんなに都合よくほしいものは出てこない。
私はシクシク痛み出した胃の辺りを気にしながら、アクィラ殿下にエスコートされる。気分はまるで連行された宇宙人だ。
そうして、次へ挨拶するべき人たちの輪の中にドナドナされていくのだった。




