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なんてったってアテンダント

 かちんこちんに固まった私を気にかけながらも、ファルシーファ様の特訓魂は全くといっていいほど折れることはなかった。


 時間通り儀式の流れにのっとって、着付け部屋から私を連れ出すと、まず予定通り最初の部屋へと入る。ここは昨日も一応入るには入ったけれども特にやるべきことはなかった。

 というのも、本来ここで行われるのは引き渡しの儀という、衣裳の着替えだったからだ。


「古くからの習わし通りならば、王族の方を立会人とされて、こちらにてお国の衣裳をこちらで用意した結婚の儀の衣裳に取り換えさせていただくのですけれども」


 昨日そう説明を受けた。しかしとっくにトラザイドへと入ってきている私には今さらなうえ、現在の王妃であるアクィラ殿下たちのお母様やさらに先代王妃も狭いこの部屋でなど着替えをしていないという。

 となれば単なる時間つぶしの控えの間みたいなもんだわねと思いながらその扉をくぐる。すると何故だかその部屋から昨日はなかった、きゃあ!と妙にはしゃいだ声が聞こえた。


「リリーお義姉様っ……いえ、公女殿下、とっても素敵ですわ」


 頬を赤らめながら薄いピンクの可愛らしいドレスに身を包んだアウローラ殿下がうっとりとした表情でこちらを見つめている。


「アウローラ殿下、なぜこちらに?」

「習わしにのっとりまして、王族の立会人をアウローラ殿下にお願いしております」


 なるほど、特にやるべきことはないのだけれども慣例にのっとっているという訳か。昨日とは違い、今日は随分と本番に近いものを想定しているらしい。

 それではきっちりとそれ相応の対応をしなければならないんだろうな。すっと息を吸いこんで姿勢を正す。

 そうしてあらためて公女として、淑女たる挨拶をしようとアウローラ殿下へ向かい合ったところで、その後ろにぴったりと立つ、首元をショールで覆っている地味な色のドレス姿の人物に目が釘付けになった。


「イ、イ……イービス殿下ぁ?何をしてらっしゃるのですかっ!?」

「あ、もうバレた。やっぱり師匠の主人だけあって、目が肥えてるよね」


 いやだって、かつらの髪型は女性のもので衣裳もドレスを身に付けているけれど顔がまんまだもん、そりゃあわかるって。

 アクィラ殿下ほど整っているとは言わないけれども結構な美少年っぷりだし、と同意を求めようと振り返れば、珍しく呆気にとられたような顔をしたファルシーファ様がいた。

 あれ、もしかしてわかってなかったのかな?うーん、ミヨが指南しただけあって、確かに女性っぽくはみえるけど。


「化粧軽めでも、他は誰にも気がつかれなかったんだけどなあ。やっぱり師匠が言っていた通りに、色付き眼鏡を付ければよかったか。でもそれだとかえって目立ちそうで止めたんだよね、公女殿下はどう思、い……まぅえっ?」


 私が首を捻り、アウローラ殿下はくすくすと笑いだす。そしてイービス殿下が反省を語り出したのと同時に、ファルシーファ様がいきなり飛び出した。

 え?と思った瞬間にはすでにイービス殿下の首根っこを掴んで壁にドン状態だ。


「……そなたがイービス殿下だという証拠は?リリー公女殿下やアウローラ殿下を騙ったとあれば万死に値するが、どうだ?」


 そしてどこに隠してあって、どこから出したのかもわからない棒状の武器を目の前に見せつけた。切れ長の美しいブルーグレーの瞳があやしく光る。


「ファルシーファ様っ!いや、違う……違いますっ!それ……そ、その方、本当にイービス殿下だから!仕舞って、その物騒なの、ね、ね」


 慌てて近寄ろうとしたけれど、ドスの利いたファルシーファ様の「確認が取れるまでお待ち下さい」の言葉につい引いてしまった。

 いや、本当にイービス殿下なんだけどなあ。


「待って、ファルシーファ嬢っ……これは、ちゃんと、兄上の許可を得てるから……う、苦し……離して」

「……アクィラ殿下の、ですか?」


 喉に食い込むショールを掴み、息苦しそうなイービス殿下がなんとかそう伝えると、ファルシーファ様の腕が緩んだ。


「うっぷ……あー、そう、そう……ここ一応名目上、介添人以外は王族しか入れないだろう?」


 咳き込みながら話を続けるイービス殿下を見つめるファルシーファ様の瞳が怖い。これ絶対にわかってやってるよね。


「外に護衛騎士は勿論配置されるけれども、最後の披露の儀式に使われる大広間以外はやっぱり手が少ないし。それだけに、公女殿下やアウローラに何かあっちゃいけないなって、オルロ兄上が言うからさあ、じゃあ俺がちょっと手伝おうかなって、思って……」


 うーん、気持ちは買うけれども、さすがに女性であるファルシーファ様にもやられるようではお話にならない。というか、ファルシーファ様が素早過ぎたのもあるけれどねえ。

 うすうす思ってはいたけれど、やっぱり何か武芸とかやってたんだろうな。なんてのんきに考えていると、ベキッと何かが割れる音がした。


「つまり、アクィラ殿下の御指示ではないのですね」


 それは手に持っていた武器の折れた音だったようで、それを目の当たりにしたイービス殿下はこくこくと首を上下にただただ動かす。


「どうりで、頭でっかちな人間の考えそうなことです。オルロ殿下にお伝えくださいませ。ラゼロ家は王家の盾であり剣でございます。この私が抜かれるようなことがあれば、辺境伯の爵位と領地の全てをお返しいたしますと」


 にっこりと笑うその姿は、笑顔トレーニング前の悪魔の顔に戻っていた。

 ええと、なにこれ?表情だけじゃなくて言ってることも怖いんですけど。


「ファルシーファ様はラゼロ辺境伯の総領でございます。ですが、なぜか同じ年のオルロ兄上とは仲が大変悪くて……」


 つつっと私の横に寄ってきたアウローラ殿下がこっそりと教えてくれた。なるほどだからこそファルシーファ様はこんなにも強いのだろう。

 オルロ殿下との仲の良し悪しは知らないが、まあそこは今どうでもいい。


 とりあえず、あれだ。絶対に、介添人っていうよりも護衛のつもりでファルシーファ様へ依頼しただろう、アクィラ殿下ってば!

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