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はじめての××

「本日はお加減がよろしいようで安心いたしました」


 ファルシーファ様が昨日と同じ時間に着付け部屋へ私を迎えに来た時の第一声がそれだった。

 うん、昨日の夕方とは違って、自分でもかなりいい調子だと思う。


 まず、今日からエステマッサージは取りやめてもらった。お肌を毎日刺激しすぎるのは良くないし、直前にやって肌に異常が出たら困るんじゃないかと言ってみたら、ミヨが賛同してくれた。

 とりあえずエステ一式は結婚の儀の前日に済ませるということで決着がついたということだ。だからその分ゆっくりと眠れたし、体力も温存できた。それに何と言っても昨日あれからアクィラ殿下と約束をしたご褒美(・・・)が気持ちを浮き立たせている。


「そうね、あれからしっかりと休みましたから」


 ほほと笑って返すと、ほんの少しだけファルシーファ様の口元が持ち上がる。その表情は、きりりとした美しさの中にもしっとりとした女性らしさも感じられる微笑みだ。

 おおお、笑顔レッスンの成果がいまここに出たよ!やったね!


 あまりにも嬉しくて、顔が緩むのを抑えられない。色々と思うところがあるだろうけれども、それを見事に克服したファルシーファ様へ、ついにこにこと笑顔を向けてしまう。


「それでしたら、昨日はアクィラ殿下の御都合で流してしまった、儀式の細かい動作のチェックをいたしますね。本番でお間違えないように頑張りましょう」


 さっきまでの涼しげな微笑みが、一瞬で鬼軍曹の笑顔に変わった。

 そういえば、笑顔レッスンの時もものすごく真剣に取り組んでいたっけ。

 ……もしかしなくてもファルシーファ様って特訓とかに張り切るタイプだったのね。ちょっと背中に冷たいものが走った。


 うう、そりゃ失敗する訳にはいけないから頑張るよ、頑張りますとも。

 しかし今日はアクィラ殿下と一緒にするリハーサルもあるのか、それは昨日聞いていなかったな。なんで教えてくれなかったんだろう。


 昨日の夕方、くたくたになっていた私にアクィラ殿下が伝えてくれたのは、私が喉から手が出るほど嬉しいご褒美(アレ)だけだったのだ――


 ***


「結婚の儀の披露の宴が終わり次第、二人で離宮へ向かうというのはどうだろうか?」

「離宮へ……ですか?」


 離宮という言葉を聞くと、ハンナの顔が一瞬歪んだ。離宮といえば元々メリリッサを押し込めるための建物だったと聞いているからだろう。

 確かにあまりいい気分がしないのはわからないでもない。


「騎士たちの静養所にしたいというビューゼルの意向のことは話に聞いている。それをリリーが了承したことも」


 そうでした。ビューゼル先生が静養所に使いたいって聞いた時は、どうぞどうぞと二つ返事でOKした。

 もうアクィラ殿下が私を隔離するつもりがないのなら別に構わないよねと思ったのだけれども、その後で温泉がありますよだなんてカリーゴ様に後出しじゃんけんをされてしまった。


 それを聞いた時よっぽど、じゃあ取り消しますと口にしそうだった、あの離宮。しかし、そこへ行く?っていうと……


「もしかしなくても……温泉?」


 期待を込めてアクィラ殿下の顔を覗き込めば、笑いをこらえるように口元を押さえながら頷く。


「ああ、静養所として使用し始める前に、一度ゆっくりと温泉につかりたいんじゃないかと思ってね。リリーはお風呂が好きだろう?」

「ええ、ええ。嬉しいです、アクィラ殿下!」


 ぶわっと気分が舞い上がる。それだけで一日の疲れがぐっと軽くなる様だった。


 温泉!ああ、懐かしの温泉!

 中学校のスキー教室で、初めて温泉に入った時のことを思い出す。人数が多かったから時間制限があったものの、大きな湯船にしっとりとしたお湯、効能のせいかスキー場だというのに湯冷めもしにくく、控えめに言っても最高だった。

 普段施設のそれほど大きくない浴槽で小さな子たちの面倒を見ながら急いでお風呂に入っていたからなおの事。

 独り立ちして1Kユニットバスとはいえお風呂に時間をかけられるようになり、ちょっとリッチにスーパー銭湯なんか行っちゃった時もあったが、やっぱり温泉は特別だ。


「ぜひお願いします。ふふ、すごく楽しみだわ。ねえ、アクィラ殿下」


 勢いよく立ちあがりアクィラ殿下の両手を握り締める。

 温泉!温泉!もう頭の中にはそれしかない。

 ウキウキとした気分で返事をすると、アクィラ殿下もキラキラの満面の笑顔を返してくれる。


「そうか、私も二人でゆっくりと温泉につかれるのを楽しみにしているよ、リリー。じゃあ急ぎ予定を調整しよう」

「はい!」


 そう思い切り元気よく返事をした。


***


 ああ、諦めていた温泉に入れるとは思わなかった。この心身共に疲れ果てるであろう結婚の儀のあとで、温泉というご褒美がまっているのだ。

 これはもう、頑張らないとねっと、気合を……気合、あれ?そういえばアクィラ殿下はなんて言ったっけ……?


 二人で?ゆっくりと……つかる?っえ、いや……とと、いや、結婚の儀の後って普通に考えれば、その……


 しょ、…………初夜かぁーっ!!


 いやいやいや、頭からスコーンと抜けきっていたけれども、け、結婚するんだから……普通に考えても、アレよね……ぐぅ。

 うん、それはあって当然のことなんだから、今さらパニくることじゃない。ただ参った……


 私、初めての夜の場所について、楽しみにしてますって言っちゃったんだよね!?


 うぁあああ。なんか、それについては今すぐこの着付け部屋の床でもんどりうちそうなくらいまずい。


「どうされましたか?リリー公女殿下、もしかしてお加減がすぐれないのでは?」


 突然固まった私の心配をするファルシーファ様だが、その顔が見れない。

 どうしたって?そりゃあこんな朝っぱらから恥ずかしいことを考えてる自分が恥ずかしいんだって。


 入れたばっかりの気合がしなしなと萎びれていく。

 どうしよう、この後でアクィラ殿下とまともに顔が合わせられる気がしないんですけど。

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