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異端の騎士

 では報告をと前置きをすれば、ミヨがはーいと元気よく手を挙げる。

 相変わらずブレないマイペースさに、ちょっと面倒になって先生よろしく指名をすれば、嬉々として話し始めた。


「まずは私のご報告からですねぇ。姫様のドレスの変更点ですが、ぶっちゃけますと明日のリハーサルには間に合いません」


 本当にぶっちゃけちゃったよ、この()


「それは……大丈夫なのかしら?ミヨ」

「ええと、ただいま衣装方が不眠不休で頑張ってますのでぇ、前日までにはいけるはずです、多分」


 あと残り一週間となったところでドレスが間に合ってないとか本当に大丈夫なのだろうか、早くも心に秘めたやる気がくじけそうになる。

 とりあえず衣装方の皆が体をこわさないように、休みだけはしっかりと取るようにお願いしておこう。


「なので、明日からの三日間はフィッティングの時の旧型のドレスを着るようにとのことでーす。まあ、ドレスの基本部分は同じですから、着心地だのってのは変わっていませんよ」


 じゃあ何が変わったのかと確認したかったのだけれど、それは内緒とばかりにミヨは口の両端を人差し指で押さえて口チャックのつもりらしい。

 どちらにしても本番に間に合えばわかることなので、それ以上は突っ込むのは止めておこう。どうせミヨのことだ、自分から言い出さないことは誘導しても口を割らないのはわかっている。


 今はもっと話すべきことがあるのだからと、次にハンナへと顔を向ければ控えていた場所から一歩前に出て静かに口を開いた。


「リリー様のご様子などについて、私へ尋ねてきた者に関しては、名前とその内容に日付、覚えている範囲で書き出しておきました。こちらに来てから思い出せる限りのもの全てでございます」


 そう言って渡された用紙には、几帳面なハンナらしい丁寧な字でびっちりと隙間なく埋め尽くされていた。

 しかも、細かっ!

 あんまり細かすぎて一瞬なにかの暗号かと思ったくらいだ。


 いくら人数が多いからと言っても、もうちょっと何枚かに分けて書いてもよかったんじゃないかなー?

 頬の筋肉がひくひくするのを抑えながら、そこに書かれている名前を簡単にチェックしていくが、私にわかるほどの貴族の名前はあまりなかった。


「パッサー様、こちらに書かれている名前ですが、おわかりになりますか?」


 用紙をそのまま手渡すと、丁寧な仕草で受け取ったパッサー様がそれを一瞥する。一瞬ぐっと目を細めたのは見なかったことにしよう。


「そう、ですね。ざっと目を通したところ、あのノバリエス()外交官ほど何度も接触してきた者はいないように思えます」

「貴族の方々の名前は、案外とないものなのね」

「何かの意図がある者ならば、直接侍女に話を振るよりも誰かワンクッション置くでしょう。よろしければこちらをお借りしてもよろしいでしょうか?私どもの調べと照合して裏を探っていきたいと思います」


 なるほど。私の動向を気にしていないから名前がないという簡単な問題ではなかった。ハンナの方へ顔を向ければ、軽く目を閉じて会釈をしたので了解ととっていいだろう。


「どうぞ、いいようにお使いください。パッサー様」


 私がそう答えを返すと、パッサー様は少し大げさなくらいの敬礼をした。


「パッサー様?」

「公女殿下、私のことはどうかパッサーと、呼び捨てていただけるように」


 うっ……言われてしまった……いや、わかっているのよ。公女という身分、その上王太子であるアクィラ殿下の婚約者という立場で、配下の者に敬称付きで呼ぶのはどうかって。

 でも知識ではわかっていても、二十近く年上の人を呼び捨てにっていうほどには、まだそこまでこの世界に馴染みきってはいないのよねえ。

 あー、と考えた上で妥協策を申し出る。


「では、パッサー第二騎士団長と呼ばせていただきます」


 役職なら大丈夫だ、ちょっと長いけどこれからそう呼ぼう。

 これなら問題はないだろうと口にすれば、なんだか笑いを我慢しているような顔で頷かれた。


「…………はい。まあ、なんというか、いえ、わかりました」


 え、なに?大丈夫だよね。別に変な呼び方してるわけでもないはずだ、うん。ここは堂々としておこうと胸を張る。

 そんな私の様子を見て、また少しパッサー第二騎士団長の顔が緩む。


「我々騎士団総員、アクィラ殿下と公女殿下の御身を守ることを誓います。公女殿下におかれましては憂いなく結婚の儀にあたられるよう誠心誠意努めさせていただきます、どうぞおまかせください」

「え、ええ……お願いしますね」


 突然の宣言にちょっと驚いてしまった。元々パッサー第二騎士団長は私に好意的だとは思っていたけれども、勝手に騎士団全員分を誓っちゃっても大丈夫なのかと心配してしまう。

 まあそれだけの人望もあるのだろう。あのヨゼフだって信用できると言っていたし、ねえと顔を向けるとなんともブスくれた表情のヨゼフと目が合った。


「ヨゼフ?」

「はい、姫様(ひいさま)。俺の番でよろしいでしょうか」


 そういうつもりで見たわけじゃなかったけれど、まあいいか。

 どっちにしてもヨゼフの話、つまり元になった外交官の話も聞かなければならない。お願いするわと声をかけると、姿勢を正したヨゼフが報告をしだした。


「ノバリエスはあれ以降一言も口を開いてはいません。ですから拷問に……」

「ご……拷問って!?や……それは待って、待ちましょう、ね、ヨゼフ」


 いきなり怖い話になった。さすがにそれは百合香の記憶を持つ私としては了承できない。ぶるっと震える体を押さえて、ヨゼフの顔を見つめる。


「まだそう酷いものはしていませんよ。それに、一昨日アクィラ殿下よりストップがかかりました。何か考えがおありだそうで、後は指示待ちです」


 ああ、よかった。そう酷いものはという言葉には引っかかるけれども多少は仕方がない。少なくとも肉体的にも精神的にも追い詰められるということはないのだろう。


「それから、例のコレについてですが」


 そう言ってヨゼフは自分の剣を握った。つまりコレというのはヨゼフの剣の柄の中に隠してあるスメリル鉱山の権利書のことだ。

 それについて何かわかったことがあるのだろうかと身を乗り出すと、思いがけない言葉が返って来た。


「もうすぐセル親父が来るんで、その時に詳しく聞こうと思っています」


 ん?なんて言った?ヨゼフが言うセル親父って……セルビオ・ダイナーズ元騎士副団長の、ことよね。病気療養中なんじゃないの?来るって、いつ!?

 首を捻る私に、ヨゼフは淡々と答える。


「姫様の結婚の儀に大公妃殿下が参列なされるんですよね。アクィラ殿下よりそう聞かされました」

「ええ、連絡があったわ」

「ですから、来ます」


 は?だから、なんで?という言葉は次のヨゼフの言葉にかき消された。


「セル親父は元々が大公妃殿下の護衛騎士ですから、外遊ともなれば必ず付いてきますよ。たとえ本当に瀕死になろうとも、絶対です」

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