やる気100%
「結婚の儀のリリーの介添人はファルシーファ嬢に頼もうと考えているのだが、どう思う?」
「介添……人、ですか?ええと、それは……」
着替えもせずにそのままベッドの上でアクィラ殿下からそう話を振られて、介添人とは?と考える。
結婚式で花嫁の横に付き添いをして細々としたことをやってくれる人のことよね。百合香の世界の結婚式でもブライズメイドとかあったような気がする。
なんといっても花嫁はいつも以上に着飾り、やることも多い。だから介添人が絶対に必要にはなるのだけれども……
「ハンナやミヨではダメなのでしょうか?」
言ってみればこの世界では、普段は侍女のするような仕事だ。だったら慣れている方がいいのではと思い彼女たちへ顔を向けて尋ねれば、当然のように首を横に振られてしまった。
「私では結婚の儀にて介添人をさせていただくには身分が足りません」
「以下同文でぇす」
え、介添にも身分が必要なの?一瞬驚いたけれど、一国の王太子の結婚ならば当然だと思い直した。
参列する人たちだって相当な高位貴族ばかりだ。その中で花嫁の手伝いをするというのならば最低でも貴族令嬢としての身分は必要なのだろう。
「ミヨルカも……立場だけならば間違いなく男爵令嬢ではありますが、あくまでもそれはモンシラの中でだけですから」
カリーゴ様が発した言葉に若干不満そうなミヨが口を尖らしたけれど、流石にこの場では反論しなかった。
「その点ファルシーファ嬢ならば問題ない。花嫁の後見といった意味でもラゼロ辺境伯の名は有用だ。それに……」
「それに?何でしょうか」
どことなく含みのあるアクィラ殿下の一呼吸に、オウム返しのように尋ねれば意外にもなんてことはない返事が返ってくる。
「……彼女はリリーの友人だろう?気を使わなくて済むのなら越したことはないしな。実はペレボット公爵夫人にと内々に頼んであったのだが、腰の容態がよくないと昨日になって聞かされたところだ。急な変更になるが、リリーには彼女を介添人として了承して欲しい」
アクィラ殿下が言う通り、ファルシーファ様ならば私も全く異論はない。それどころか彼女が常に側に付いていてくれるのならば緊張も和らぐだろう。
それほど口数が多いわけではないが、常に自然体のファルシーファ様なのでこちらも変に気を使わなくてすむ。一つだけ気になることといえば一昨日の笑顔レッスンでのことだけれども、帰りの時には彼女ももうずいぶんとすっきりした顔をしていた。
「ええ、ファルシーファ様がよろしいのであれば、ぜひお願いしたいと思います」
「そうか、ならば明日から三日間のリハーサルには彼女も呼ぶことにしよう。今日はゆっくりと休んで、明日に備えるようにしてくれ」
あー……そうだ、そう言えば結婚の儀のためのリハーサルがあったじゃないか。
丸一日以上寝込んでしまっていたためすっかりと忘れきっていたけれど、一週間前より三日間は本番さながらのリハーサルを行い、その儀式の流れから手順の全てを頭の中に叩き込まなければいけないと言われていた。
アクィラ殿下と一緒になって生きていくのだと決めたからには、絶対に結婚の儀で失敗などできない。ただでさえ悪公女の二つ名がついて回っている私なだけに、完璧に、それでいて噂を撥ね退けるくらいの姿を見せなければ。
それに、メリリッサの問題もある。彼女たちの意図がわからないけれど、何が起こってもいいように対策を考えていかなければならないのだ。
「でも、それでしたら余計にゆっくりなどしてはいられません。明日の為の準備もありますし、皆の話も聞いておきたいのですが」
つまり、このまま寝てなどいられないから起きてもいいよね、と出来るだけ大人しめにお願いをすれば、仕方がないなと前置きの上でOKをもらった。
ただし、部屋からは一歩も出ないでという約束はしっかりとさせられたけれど。
そんなわけで明日からのリハーサルを前にして一度、今の状況を皆に報告してもらうことになり、午後からハンナ、ミヨに加えて久しぶりにヨゼフの顔を見ることが出来た。しかし、
「ええと、ヨゼフ……ずいぶんと疲れているみたいね」
どよんと濁んだ目に、力の入りきらない姿勢、何よりも動きに鋭さの欠片もないように思う。
正直ここまで疲れ切ったヨゼフを見たのは初めてのような気がする。
そう口にすれば、初めてヨゼフが私にボスバ語を教えに来てくれた時のぶすくれた表情から、元騎士副団長にがっつり鍛えられている時の傷を負った顔、そして騎士となってトラザイドに付いてきてくれた現在までのヨゼフとの思い出が、今の私の記憶の中にまるで水が染み込むように入り込んできた。
ああ、今までのように断片的な過去を思い出すのではなく、確かにリリコットと私が重なり合っていく気がする。
やはりメリリッサと直接向き合うことを決めたせいだろうか?
だとしたら何かのきっかけがあれば、きっとそれ以外の大事なことだって思い出せるに違いない。よし、とあらたにやる気を入れ直せば、ぶへぇええと何故かその気をそぐ魂の抜けるような音が聞こえた。
「疲れたなんてものじゃありませんよ、姫様。セル親父にダイガン山頂へ二ヶ月雪中行軍に連れていかれた時の方がよっぽど楽でした」
うん、ダイガン山ってあれだよね。モンシラ公国の北方一番高い山で年の半分が雪に覆われていて、熊や雪虎みたいのが闊歩してるところだよね。
あー、いちいち思い出そうとしなくてもすらすらと記憶が出てくるようになったの、すごいなあ。しかもそもそも騎士団は雪中行軍なんてしたことがないっていうことまで頭に浮かんできた。絶対勝手にやったんだろうな……まあいいか。
そんなことよりも、普段訓練まみれでも涼しい顔をしているヨゼフがいったい何をしてそこまで疲労困憊中なのか、そっちのほうが気になる。
成すべきことと、アクィラ殿下に濁されてしまった時から気になっていたのだ。あれから顔を合わすことがなかったのでいい機会だと思い尋ねようとしたところできっちりとお目付けの邪魔が入ってしまった。
「ヨゼフ、お前の決めたことだろう。公女殿下の御前で愚痴るな、みっともない」
そう言われると不機嫌そうながらも口をつぐんでしまった、残念。
「そんなことよりも、今日は公女殿下へ調査の報告をお知らせにきたのだから、きっちりとお伝えしろ」
ずばっとヨゼフへと言い放つのは、第二騎士団長のパッサー様だ。忙しくてこの報告会に参加できないアクィラ殿下の代わりにと参加してくれている。
パッサー様は殿下が信頼の置けると言われるだけあって、見るからに強く頭がとても良さそうに見える、三十代後半の騎士爵を持つお方。しかもそれでいて堅苦しさは感じさせない気さくな性格をしている。
パッサー様には入れ替えまでは話していないものの、リリコットとメリリッサの評判が取り違えられているとだけは伝えてあると、アクィラ殿下は言っていた。
だから今からの報告会ではその内容に少し気を付ける必要があるけれども、気になることはきっちりと話合っておくようにしよう。
何が何でも結婚の儀を滞りなく済ませるために、やれるべきことは全てやっておこうと思う。




