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笑顔の行方不知

「この度は公女殿下に再びお目文字叶いまする機会を頂戴いたしまして、恐悦至極に存じ上げます」


 感情の起伏の少ない声で私に向かいそう挨拶をするのは、一昨日の夜にそうとは知らずに対面したラゼロ辺境伯家のご令嬢ファルシーファ様だ。


 ラゼロ辺境伯邸では髪をひっつめた上に顔には仮面、そして侍女服という姿であったため気が付きにくかったのだが、こうしてドレス姿を見せられると高位貴族のご令嬢なのだということがわかる。

 波打つような金髪に落ち着きのあるブルーグレーの瞳、きりりとした眉は意志の強さを感じ、肌は抜けるような白さだけれども健康的な張りがある。全く持って非の打ち所の無い美少女の姿だ。


 うん、少しものの言い方が古風な感じがしないでもないけれど……あと、なんというか、その……アイスドールみたいっていうか、表情が真顔で、怖い?

 いやいや、きっとシーファ……違う、ファルシーファ様だっていきなり私の友人って扱いで王宮に呼ばれて緊張してるのよね。


 私だってどきどきしている。いくら一昨日は好意的に接してくれたとは言え、こうやって王宮へ招待されることでアクィラ殿下の妃になんて話に、ファルシーファ様がその気になってしまうことになったらと思うとなんだか胸が落ち着かない。

 だから、どことなく探るような気持ちで彼女を値踏みしてしまう。


「ファルシーファ様、王都は久しぶりなのでしょう?急にお呼びだてしてしまって、ご友人とのお付き合いの時間をお邪魔したのでなければよろしいのですが」

「いいえ我がラゼロ家は王家の盾であり剣でございます。王宮からのお召しがありますれば何を置いても駆けつけるのが家訓と心得ます。加えて申し上げさせていただければ――」


 やっぱり固い。その冷たい印象の整った顔と相まって、かちかちのごりごりだ……って、え、今ファルシーファ様はなんて言った?

 首を傾けて反芻していると、気を利かせて言い直してくれた。


「友人と呼んで差し支えの無い方は一人もおりませんので問題もございません」


 うっ……なんか余計なこと言わせてごめんなさい。そうでなくてもぼっちはお互い様だったわ。

 思いっきり跳ね返った言葉に耳が痛い。


 そう心の中で手を合わせるものの、ファルシーファ様はなんでもないことのように真っすぐと切れ長の目を私に向ける。

 私の方こそモンシラに居た時の記憶を掘り起こしても友人と呼べる人はいなかった。その上ハンナはハンナで侍女としての職分を外さないし、ミヨの方はといえば口は馴れ馴れしいが肝心のところでは一線を引いているように思える。特に部屋を荒らされてからというものはそうだ。


 だからこそ、私の目の前で堂々と友だちがいないと言い切れるこのファルシーファ様の潔さになんとなく感動した。すると、自然に言葉が口から零れ落ちる。


「ええと、だったら私と本当のお友だちになってもらえるかしら?」


 私自身も驚いたが、その言葉を聞いたファルシーファ様もびっくりしたようで、片眉がぴくりと上がる。

 昨日アクィラ殿下は私とファルシーファ様が打ち解けたのだろうと口にされたがそれは全くの勘違いだった。確かにその行動に感謝もしたし、ただの付き添い相手には向けないくらいの好意は抱いたが、だからといってそうすぐに仲良くなれるわけではない。

 それでも友人という扱いでファルシーファ様を王宮に呼んだのは、それで彼女を王太子妃に推す誰かが焙り出されるかもしれないと期待したからである。

 そしてその話は当然ラゼロ辺境伯を通してファルシーファ様へと伝えられているはずだ。


「……それは、ご命令でしょうか?」


 あくまでも仮の友人としての顔合わせのつもりだったからだろう。命令なら即頷きますと確認を取って来た。


「いいえ、お願い、よ。だって私……あなたと一緒で友人が一人もいないのですもの」


 だから、そうではないと言うことをはっきりと口にすると、今度はファルシーファ様の瞳が大きく見開いた。

 徐々に人間味を帯びてくる彼女の表情に目が捕らわれる。それから両手を顔の前で合わせてもう一度お願いをすれば、きゅっと唇を噛みしめたファルシーファ様がゆっくりと自分から口を開き始めた。


「私は田舎育ち故、王都には慣れておりません」

「私もトラザイドに来てからまだひと月も経っていないの。同じよ」

「趣味の一つもない武骨者です」

「私にだって偉そうにいえるものはないわ。ほんの少し手芸が好きなだけ」

「愛想笑いすらできません。出来ることと申せば、馬に乗って害獣を狩り、剣で敵を斬ることくらいしかないのです」


 …………それは出来ない。


「で、でもね、それでもファルシーファ様と友だちになりたいと思ったのよ。だから、ね。お友だちになりましょう」


 そう言って微笑むと、ファルシーファ様の口元が初めて弧を描くのを見た。


「ありがとうございます。ぜひとも公女殿下の申し入れをお受けさせていただきます」


 堅苦しい了解の言葉を答えるファルシーファ様の満面の笑みは、口元だけがニタァっと上がり目元が一切動かない。


 怖っ!

 ええと、あれ?なんか思ってたのと違う……


 こう、美人が笑うってもっと心躍りそうになるもんだと思うんだけど、逆に背筋に冷汗が流れたわ。

 いや、本気で喜んでるっぽいのはわかるんだけれど、それがこうかえって不気味に見える。


 って、もしかしてファルシーファ様に友人がいないのって、この笑顔のせいじゃないかな?そういえば、一昨日も三人組が突然叫びながら去って行ったけれども、多分それだ!


 悪魔が笑ったらこんな風に笑いそうだというような表情で私を見つめるファルシーファ様の手を取り、ぎゅっと握る。


 まずはあれだ、笑顔の特訓をしよう。

 少なくとも私の笑い顔は文句を付けられたことはないので大丈夫だろうから、全身全霊を持って教え込もう。


 そして新しく出来た友人の為に、出来ることならばアクィラ殿下以外には彼女の笑顔が見せられるように頑張ろうと心に誓った。

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