まかせなさいっ
「殿下、そろそろお話を進めていただけますか?」
「ん?んっん、……それから、リリーの着替えや化粧を担当している侍女といえば……」
カリーゴ様からの催促に、ようやくにらみ合うのをやめたアクィラ殿下が小さく咳払いをして話しを変える。
すると待ってましたとばかりに、しゅばっと手を高々と上げてミヨは直立不動の姿勢をとった。
本来なら侍女として奇妙に見えてしまう姿だが、ぴょんぴょん飛び跳ねたり、私、私と騒がないだけまだましだと思ってしまうのは、それもこれもミヨの普段の行いのせいだろう。
しかしそれ以上の奇行はさすがに勘弁してほしい。私の前ではともかく、殿下の前でだけはしないでちょうだいと祈りながらその行方を見守った。
「ミヨルカ・コザックです。彼女が公女殿下のお手伝いを」
「ああ、その侍女が、か……」
カリーゴ様が一言そう耳打ちすると、アクィラ殿下は面白がるような顔をして視線をミヨへと向け直す。
そうしてミヨを上から下まで見分すると、ふむと軽く頷いた。
「モンシラ公国、ルーク・コザック男爵の娘ミヨルカだな」
「はい、アクィラ殿下」
アクィラ殿下の言葉に対し、ミヨは奇妙な立ち姿を直したかと思えば、柔らかな仕草でスカートの裾を持って膝を深く折った。
まるで淑女のようなその動作に、やればできるじゃないっ!と感心していると、そういえば彼女が男爵令嬢だったということを思い出す。
ミヨは自分のことを貴族の庶子で田舎育ちだと言っていたが、どうしてどうして。隣国の王太子相手に堂々と淑女の礼をして見せた。
けらけらと笑いながらコザック男爵のことを語っていたから、親子と言えどもお金だけを渡されるような冷めた関係性かと思っていたけれど、ずっとしっかりとした貴族令嬢の教育がなされているのではないだろうか。
そんなふうに呆気にとられていると、淑女然としていたミヨの表情が突然ふにゃんと崩れ、いつもの侍女姿に戻る。
「お前には衣装方との調整を任せる。先日の結婚の儀の衣装合わせからドレスに少々変更があり、現在あちらは戦場状態だ。細かいところまで一緒になって詰めるように。わかったな、ミヨルカ」
「はい、喜んでぇ!あ、どうぞミヨとお呼びくださいませ、アクィラ殿下」
多少の遠慮はあるものの、全く普段通りに戻ったミヨの言葉に頭がクラっとした。
けれどアクィラ殿下はそんなミヨのものの言い方には頓着せず、そのままハンナの方へと声をかけたから驚きだ。
いいの?それでいいの?
私も大概だけれど、アクィラ殿下のスルースキルも高いものがあると思う。後ろに立つカリーゴ様の方がよほど苛ついているように見えた。
「それでは、残るお前は名はなんという?」
「ハンナ・バーリと申します」
侍女としての枠を決してはみ出さないハンナは、アクィラ殿下の問いにも静かに答えるだけにとどまる。それ以上でもそれ以下でもない、いかにも優等生の応答だった。
「殿下、ハンナは私たちの乳姉妹になります。幼い頃から私についてくれている、とても優秀な侍女です」
一言横から付け加えれば、アクィラ殿下はわかっていると答える代わりに私の肩に手をおく。
「乳姉妹のハンナか。よくリリーに付き従ってきてくれたな。その献身に感謝しよう」
今は侍女頭となったハンナの母親であるレイサが、私とメリリッサの乳母だったから、私たち姉妹二人ともの心つく前からの付き合いになる。
メリリッサに川へ落とされた時にもずっと看病してくれていたハンナ。私たちのどちらへ付いて行ってもいい立場だったのにもかかわらず、彼女は私の方を選び一緒にトラザイドへ来てくれたのだから、アクィラ殿下が言った通り本当に感謝しかない。
「……勿体ないお言葉でございます」
そしてハンナは淡々と受け答えする。うん、こっちも普段通りだ。
基本ハンナは私のことを心配すること以外はあまり声を荒げない。たまにミヨに向かって怒ることもあるが、それも大抵の場合は私絡みの時だった。
リリコットに忠実でとても真面目なのはいいが、ミヨとは真逆で少し固すぎる。
なんというか、たまには嬉しそうな感情を見せて欲しいと思う時があるんだけど、それは図々しいかな?性格はそうなかなか変えられるものではないからなあ。
そんなことを考えているうちに、アクィラ殿下からのハンナへと指示が伝えられた。
「ではハンナには王宮内で働く者たちから、リリーの……いや、この場合はメリリッサ公女の、だな。その悪い噂を広めている者が誰か調べ、報告を入れるように」
は、それは難しくない?
そもそもメリリッサの悪公女の噂はトラザイドへも届いていたらしいから、それこそ私の悪評を話していない人なんていないと思うんですけど……と、そこまで自分で分析したらちょっとへこみたくなった。
きゅっと奥歯を噛んでうつむくと、肩に置かれたアクィラ殿下の手に力が入る。
「どうもリリーが王宮に入ってからの噂の回り方が早い。アウローラに嫌がらせをしただの、騎士たちを叱責しただの、ありもしない話を作られて吹聴されていた。特に下働きの者にほど悪く言われているのが気になるんだ」
「それは……確かにアウローラ殿下は泣きながら私の部屋を出ていかれましたし、見習い騎士たちの訓練所で大きな声も出しましたから、ありもしないとは言い切れませんけれど」
そういえばあの侯爵令嬢ナターリエ様とドーラというアウローラ殿下付きの侍女が話していた私の噂も、全くの事実無根という訳でもなかったのを思いだす。
実際、お金を借りなければハンナたちに給料を払うことも出来なかったのだから、噂通りになっていたかもしれないのだ。
そうすると、やっぱりどこからか私の事情が漏れているのだろうか。逐一見張られて、何かあれば悪い噂として広められる。……それはかなり嫌な気分になるな。
そうでなくても入れ替わりやらスメリル鉱山の権利書など、他人に知られたら非常に大変な事情もある。アクィラ殿下に目を合わせると、ふっと静かに笑みを見せてくれる。
「他の者にも調べを申し渡している。ただ、ハンナはリリーの侍女だろう?特に接触してくる者がいるかもしれないからな、そこを含めて探りを入れて欲しいと考えている」
リリーの為に。アクィラ殿下がそう一言付け加えると、ハンナの眉がピクリと上がった。
「確かに承りました。リリー様の為に、微力ながら務めさせて頂きたいと思います」
ハンナが静かに臣下の礼をしてみせると、アクィラ殿下は満足そうに頷いた。
「それでは皆、各々の仕事をしっかりとこなすように。結婚の儀まであと二十日ほどしかないのだから、間違いは許されない、わかったな」
アクィラ殿下の凛とした声が響く。部屋の中にいる者たち全員がぴしっと気を引き締めた。
よし、やるぞー……って、あれ?私だけ何にも役目を振り分けられていなかったよね。
「あ、あの……アクィラ殿下?私はいったい、何をすればよろしいでしょうか?」
皆がやるべきことをしようと動きかけた時に、そんな間の抜けたことを聞くのも恥ずかしかったけれども仕方がない。
殿下の顔を覗き込みながら首を傾ければ、アクィラ殿下は美しい瞳を細めて大げさに手を広げた。
「勿論、リリーには一番大事な役目をお願いするつもりだ」
おお、仕事があるよ、よかった。
皆が忙しそうに働く中で一人だけぼけっとするのは嫌だものね。
さて、一体なにをすればいいのだろうかと期待していると、全く想像していなかったお願いがアクィラ殿下の口から飛び出してきた。
「急がせて申し訳ないが、リリーには今すぐ華やかに艶やかに着飾って欲しい」




