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それが、大事

「さあ、そろそろこれからの予定を進めていくぞ」


 アクィラ殿下の凛と通る声に、思わず背筋が伸びる。周りの皆も同じように感じたのだろう。自然と皆の顔つきがきゅっと引き締まった。

 流石はトラザイドの王太子殿下、一言発しただけでさっと空気を変えてしまうのだなと感心してしまう。


「カリーゴ、お前にはまずはあの外交官の取り調べを優先してもらう。ただし、リリーの入れ替わりのことが公になっては元も子もないので慎重にするように。それからリリーの警護には第二騎士団のパッサーを長にあてて編成しろ。以後は彼に任せておけばいい」


 カリーゴ様の「はっ」という軽快な返事に少しだけ驚いた。


「え?私の警護って……ボスバ領から帰ってきたのだから、ヨゼフがつくのではないのですか?」


 突然のことについ声を立ててしまえば、私とアクィラ殿下が座るソファーの後ろにいつの間にか立っていたヨゼフが静かに口を開く。


姫様(ひいさま)、パッサー殿は第二騎士団長で、アクィラ殿下の配下の騎士の中では一番腕の立つおっさんです。ボスバールへの道中で、そこは十分に確認しましたのでご安心を」


 いや強いとか強くないとか、心配しているのはそこじゃなくて、ヨゼフのことなんだけど。


「リリー、パッサーは騎士爵を持つ、信頼できる男だ。どうか彼に任せてはくれないだろうか」


 納得できないといった顔をしているだろう私に向かい、アクィラ殿下が噛んで含めるように言い聞かせる。パッサー様は騎士爵を受けているということだから、殿下や王家からの信頼は厚いのだろう。

 でもだからといってどうして、私の護衛騎士であるヨゼフが外され、そのパッサー様が警護につくことになるの?もしかして、ボスバへの往復の間にアクィラ殿下へ対して何か不敬なことをしでかしたのだろうか?


 だからあれほど口を酸っぱくして注意したのに。

 それで解雇とか……いやいや、そもそもヨゼフは私の護衛騎士だから、もしも解雇ともなれば先に私に一言あってもいいはずだ。


 そうじゃなくてもこの話にヨゼフも納得しているような口ぶりでいるのが不思議でならない。


 ヨゼフは私がトラザイドへ来ることになって、たった一人だけついてきてくれた護衛騎士。

 段々と記憶が戻ってくるにしたがって、ボスバ語を教えてくれていたヨゼフというだけでなく、護衛騎士となった彼が常に私とメリリッサの後ろに立ち、守ってくれていたことも思い出してきた。

 そんなヨゼフが私から離れる?嘘でしょ?


 後ろを振り返り問い詰めようとしたところ、アクィラ殿下の手のひらが私の手の上にのせられた。


「ヨゼフには少しだけやるべきことが出来たので、今まで通りにリリーにだけ張りついていればいいという訳にはいかなくなった。その間、パッサーが警護の指揮をとるだけだよ」


 大丈夫だと言うかわりに、アクィラ殿下の手のひらに力が入る。

 本当、なのだろうか?どうしても本人に確かめずにはいられない。

 そうして首だけを動かしてヨゼフの方へ顔を向けると、飄々とした様子で肩を竦めている。


「用のない時はいつも通り姫様(ひいさま)の近くに控えていますよ。呼んでくれれば直ぐに来ますし。まあ年寄りの願いを聞いてやらないうちに死なれるのも寝覚めの悪いことになりそうですんで」


 そう言って薄っすらと口角を上げた。珍しいヨゼフの笑い顔を見てほっとする。


「では、解雇ではないのね?」

「たとえ追い出されても、姫様(ひいさま)の部屋の前に陣取りますよ。俺がそういうの得意なのは知ってるでしょう?」


 ヨゼフの言葉が頭の中に染み渡っていく。

 そうそう、ボスバ語を習っている時にたくさん色んな馬鹿話をした。

 元騎士副団長に散々稽古でやられた意趣返しに、三日三晩食事にお風呂にトイレまでどこにでも張り付いてやったと大いばりしていたっけ。


「ええ、ええ。思いだしたわ。覚えているわよ」


 込みあげる笑いを止められずに、クスっと声が漏れた。

 うん、大丈夫だ。ヨゼフはどこにもいかないと、初めてそこで納得が出来た。ならば信頼して任せることも、主として大事なことなのだと自分に言い聞かせる。


「ごめんなさい、アクィラ殿下。余計な心配をしてしまって」


 そうして私の警護のことを心配して差配してくれたアクィラ殿下に対して、申し訳なかったと声をかければ、ほんの少しだけ眉を下げて答えてくれた。


「いや、ヨゼフは君の騎士だから気になるのはわかる。しかし……」

「しかし?」


 何を言われるのかと思い首を捻ると、私の手の上に乗せられていたアクィラ殿下の手のひらがふわりと浮き上がり、優しく頬を包み込んだ。


「側にいないと心配だと、早く私も言われてみたいものだと思っただけだ」


 きらっきらに輝くような瞳でそんな言葉を伝えられたら、一番心配なのは私の心臓です。

 きゅぅうっと締め付けられる胸に手を置きながら、善処しますみたいな言葉をなんとか捻りだすのがやっとだった。私のその言葉に満足してくれたのかはわからないけれど、アクィラ殿下はふっと笑ったように息をはくと、今度はヨゼフに向かい指示を出す。


「では今言った通りだ。ヨゼフは成すべきことを成すように心得よ。それからカリーゴの補佐として外交官の取り調べも手伝って欲しい。勿論時間があれば、リリーの警護も頼む」


「……は」


 あまり乗り気ではなさそうな声だったが、あれがヨゼフの通常運転なのできっと大丈夫だろう。

 どんな約束なのかは知らないけれど、ヨゼフ自身がそうすると決めたことなら私がとやかく言うことではない気がした。


 それに、アクィラ殿下にも随分と気に入られたらしい。

 なんとなくだけど、お互いを認め合っているというか……どこか気にかけているというか、そんなふうに感じる。年も近いのだからボスバでの道のりで意気投合したのかもしれない。しれない……あれ?

 にらみ合ってるような気がしないでもない、かな?


 ……まあ見なかったことにしよう。

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[気になる点] 》「では、ヨゼフには今言った通り、成すべきことを成してくれ。 ここの言い回しなのですが…。 ・では、ヨゼフは今言った通り、成すべきことを成してくれ。 または ・では、ヨゼフには…
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