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やさしくキスをして

「私はあの日出会った時から……ずっと君のことだけを好きだった」


 その台詞が何度も頭の中でリピートされる。

 本当に?アクィラ殿下もそう思っていてくれたの?

 まるで都合のいい夢を見ているんじゃないかと、疑いたくはないのについそんなことを考えてしまう。


 アクィラ殿下はそんなふうに呆けている私の手を取り、ゆっくりと胸のあたりまで上げた。


「あの日のリリーは、一方的にいじめられているように見えても、心は全く屈していなかった。そんな君を私はとても強くて美しいと思ったんだ」

「そんな……随分お転婆だとお思いになったでしょう?」


 アクィラ殿下と出会った十年前のことは、メリリッサとの婚約が決まった時の嫌な記憶を含めて、全部ではないが断片的なものも多かった。

 どこかから飛び降りたりドレスで走ったり、ともかく公女らしくないことをやらかしたような記憶が薄っすらと浮かぶ。


「いや。こんなに可愛い人となら、ずっと一緒に笑っていけると思って嬉しくなった。しかも隣国の第二公女ならば、私の妃にと願っても叶えられると信じて疑わなかった。……事実、そう陛下に願いでた」


 突然の告白に驚きすぎて口が半開きになる。

 そんな、そこまで?なんと答えていいかわからずに、口だけをはくはくと動かしていると、アクィラ殿下の眉がふっというため息とともに下がった。


「……しかしそうはならなかった。それどころか、国のために君を蔑む姉との婚約が成ったと聞かされたんだ。トラザイドとしてスメリル鉱山の利権は絶対に手放せない。私にはこの国の王太子として国益をみすみす捨てることは許されなかった」


 だからその代わりに心を捨てることにした。そう小さな声で呟いたアクィラ殿下の瞳が揺れている。


 ああ、殿下もリリコットと同じだったのだ。あの日の約束を大事にしてくれていた。

 そう思うだけで胸がぎゅうっと締めつけられる。そしてそれまで頭の中でぐるぐると回って着地できなかったアクィラ殿下の告白が、その時初めて私の心の中に降りてきて染み渡った。


『ずっと君のことだけを好きだった』


「私もです」


 気がついたら、そう口から零れていた。

 一瞬何を言っているのか、言われているのか、お互いわからなかった。けれども一度言葉に出してしまえば、もう壊れた蛇口のようにあとからあとから気持ちが溢れて止まらなくなってしまう。


 胸の前で握られた手を、アクィラ殿下の手ごと自分の胸へと押し付ける。

 アクィラ殿下は驚いた顔をしているし、胸の鼓動がばくばくとうるさいくらい耳につくけど、もうそんなことはどうでもいい。


「私も、好きです。……アクィラ様」


 あの日の、そして今の気持ちを言葉にすれば、あれだけ色々と悩んでいたのが嘘のように消えていった。

 胸は痛いくらいに鳴り響いているのに、とても幸せな気分だ。


 なのになぜか目の前のアクィラ殿下の顔が歪んでいく。

 なんだろう?そんなふうに考えていると、握った手をそっと放したアクィラ殿下の指先が私の目元を拭っていた。


「リリー、リリー。泣かないで、愛している」


 その指が頬にすべっていくのと同時に、アクィラ殿下の顔が近づいてきた。

 泣かないでなんて言ってるくせに、殿下だって目が潤んでるじゃない。

 そう思ったのは一瞬で、すぐにアクィラ殿下の瞳に捕らわれた。


 そのエメラルドの中に映る私が、ゆっくりと瞼の中に隠れていくように、私の瞳も閉じられていく。


 そうしてアクィラ殿下の唇が私の唇へと重なった。


***


 ふれるだけのキスで気持ちを確かめ合うと、これ以上ないと思った気持ちがさらに膨れ上がってくる。相変わらず胸はバカみたいに鳴っているが、同時に溢れるほどの幸せも感じていた。


 しかしそれでももう限界だと静かに離れれば、アクィラ殿下のとろけるような笑みが真正面に見えた。

 あまりにも色っぽい目元に、思わず身体を反転させて背中を向けてしまう。けれどもアクィラ殿下は絶対に逃がさないとばかりに、そんな私を後ろから抱きしめた。


「で、でんかっ……」

「リリー、ダメだよ。もう私の側から離れてはダメだ」


 甘い言葉を囁きながら腕にぎゅっと力を入れる。その気持ちは嬉しいけど、やっぱりあれだけキラキラのイケメン顔に見つめられれば、どうしても落ち着かなくなる。

 こればかりは心が通じ合ったといっても、そう簡単になれるものじゃないんだなと痛感してしまった。

 だからなんとか気をそらそうとして思いついた話題を振った。


「アクィラ殿下、その…………いつから私がリリコットだと、気がついてらっしゃいましたか?」


 苦し紛れの思いつきだったが、その質問をした途端アクィラ殿下の力が緩んだ。

 何だろう?と首を軽く捻って後ろを振り向けば、バツの悪そうな表情の殿下と目が合った。


「あー……リリーは、十年前の別れ際の言葉は覚えているかな?その、『人から見ると、勉強が出来ない、礼儀がなってない、可哀想に見える方がだいたい私』と。だから騙されるなと教えてくれた」

「それは覚えていませんが……言いたいことはわかります。メリリッサはとても嘘が上手くて、みんな騙されていましたから、結局私がバカを見ることになる……えっ!?」


 まさか、最初から?


「つまり、一縷の望みに賭けたんだ。どう見ても、あの時点で酷い目にあっているのはここへくるメリリッサと名のる公女だった。だから自分でも流石にそんな訳はないだろうと思いながらも、離宮ではなく王宮内に部屋を作った」

「そうして私がトラザイドへとやって来た……」

「ああ、私には君がリリーにしか見えなかった。その瞬間は喜びに震えたよ。しかし確実かと問われればそうは答えられなかった。なぜなら君はこちらでの対面の時ですら一度も私の顔を見ようとはしなかったんだ」


 はっ!?何それ……?

 リリコットには確かに十年前アクィラ殿下に出会った記憶があった。それだけじゃない、初恋の人だと思っている。それなのに、顔も見ようとしなかったとはどういったことだろう?


 黙りこくってしまった私の髪にそっと触ってアクィラ殿下は言葉を続ける。


「だからたとえ本物であっても、リリーはもう私のことを忘れてしまったのだと思った。それどころかガランドーダの元婚約者に気持ちが残っているからこそ、あの自殺未遂を起こしたのだと思い……つい言葉を荒らげてきつくあたってしまった。あれは完全に八つ当たりだ」


 そう吐き出すと、アクィラ殿下は小さな声ですまなかったと謝罪した。


 けれどアクィラ殿下の話通りならば、リリコットにも非があると思う。

 トラザイドへ来てからリストカット直後までの記憶は思い出せていないからなんとも言えないのだけど、入れ替わり全てを話すとまではいかなくても、きっちりとアクィラ殿下と目を合わせていれば何か感じ取れたんじゃないだろうか。


 だって……ちらりと殿下の顔を窺えば、私を見つめる瞳の熱さにドキリとさせられる。


 とにかく、このことに関していえばアクィラ殿下が一方的に悪い訳じゃないことがわかったのだ。


「いいえ、アクィラ殿下。謝らないでください。私こそその辺りのことをまだ思い出せていないので申し訳ないと思っています。お互い様ということにしましょう」


 喧嘩両成敗みたいなものだ。そのつもりで伝えると、アクィラ殿下の顔がきらきらと輝き始めた。


「では、もう一度キスをしても?」

「……え?」

「仲直りの、いや。もっとわかり合うためのキスを許して欲しい。今度はもう少しゆっくりと……ダメだろうか?」


 ぐっ。さっきよりも長く?

 そんな整った顔でいきなり甘えるようなことを言い出すだなんて反則だ。体だって抱きしめられたままなので避けようがない。

 それにわかり合うためだと言われれば断るのもためらわれる。だから、


「…………あの、お……お手柔らかに、お願いします……」


 にっこりと笑うアクィラ殿下に向かい、そう伝えることしかできなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 糖度が…。(笑) 幸せって良いねぇ~‼
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