I LOVE YOU
あのあとアクィラ殿下の頭の重みをひざに感じながらずっと、私は両手を頬にあてて悩んでいる。
話をまとめておけっていわれてもなあ。なんと言えばいいのだろうか。
十年前の出会いを思い出しました。その時の約束通り、リーディエナの花の刺繍デザインを作り、その上いつか一緒に見に行こうという言葉を信じて、ボスバ領の言葉まで習ってきました。
なんて……どう言いつくろってもそれは、ほぼ私からの愛の告白みたいなものだ。
恥ずかしくて言いたくない。でも、やっぱりちゃんと伝えておきたい。
そんな正反対の感情のせいで気持ちがどっちつかずになってしまう。
だいたい、肝心のアクィラ殿下の気持ちがわからないし……
そもそもリストカット後に私が覚醒してから初めて会った時のアクィラ殿下の印象といえば、正直いって良くなかった。いや、心の中で舌を出すくらいムカついていたというほうが正しい。
リストカットで横になっている私に向かい、明らかにムッとした表情で、なぜ自殺なんかしてくれるんだと言い放ったくらいだ。
その後の晩餐だって、なんとなくこちらを観察するような態度で接してきていた。
まあそれも、私がリリコットではなくメリリッサだと思われていたのだから仕方がないのだけれども。
そんなことを考えながら、私のひざの上で目を閉じているアクィラ殿下の顔をじっと見つめる。
すると仰向けになっているアクィラ殿下の目の下には、よく見てみればうっすらとくまがのっていた。急いでも片道三日はかかるというボスバへ、用事を済ませた上で六日という往復期間というのは相当ありえないことだったのだろう。
そんなに急いで、いったい何をしてきたのかな?
しかも本来なら私の護衛騎士であるヨゼフがアクィラ殿下の従者として付いていくことなどないはずなのに、無理を押してまで連れて行った。
それなりの理由があるのだろうけれど、こんなに疲れて帰ってくるほど強行軍でもなくてよかったのに、とも思う。
「ん、ん……」
軽くアクィラ殿下が頭を揺らすと、美しい金髪がさらりと頬にかかる。なんとなく邪魔そうだなと思い、そっと指で払った。
するとアクィラ殿下の顔には本当に細かいものだがきり傷のようなものがいくつか見てとれた。多分馬に乗って走っているうちに葉っぱや枝なんかが当たってできたものだと思うのだけど、そんな傷の手当ても惜しんで帰ってきたのだろうか。
これではお湯はしみただろうなと、そっと傷の横に指を当てた。そうするとアクィラ殿下の頬の温かさに、あらためてドキリと胸が跳ね上がる。
「こんなにお疲れになって帰ってきて、それでもご自分で助けてくれたのですね」
その眠る姿に、ありがとうございますとあらためてお礼を告げようとしたその時、頬にあてていた指を捕まえられた。
「さっきも言っただろう?君が第一だと」
目覚めたアクィラ殿下はそう言って私の指先を自分の唇へと押し当てた。
「お、起きていたのですかっ!?」
「たった今だよ。おはよう、リリー」
おはようというには夕方近い時間だし、そもそも大した時間を眠ってもいない。
けれどもアクィラ殿下は、それは嬉しそうに私に向かっておはようの挨拶をした。
「おはようございます……アクィラ殿下」
気恥ずかしい感じもしたが、一応アクィラ殿下に倣って挨拶を返すと、機嫌よく体を起こしてソファーに座り直した。そうして池の水で濡れた時のように、無造作に髪をかきあげる。
「こういうのは、いいな」
キラキラしい笑顔でそんな言葉を向けてきたが、ちょっとなんととっていいかわからない。
「……どう、いった意味でしょうか?」
「君におはようと言えることだ。あと二十日も経てば誰にも憚らずそう言えると思うと、この騒動には感謝しかないな」
ふんぐっ!すっごいにこやかに笑っているけど、それって……もしかしなくても、そういう意味だよね。
うわぁああっ!いやその、どうしよう。
百合香としては、生まれてこのかた生きるのに忙しくて、ゆっくり恋愛をする気持ちにすらなったことがなかった。
一緒に施設で過ごした子たちは家族みたいなものだし、学校で知り合う子たちは施設育ちの私を無視こそすれ恋愛対象に見てくるようなことはありえなかったのだ。
そんな百合香のあってないような恋愛経験値ではとてもではないけれどこの状況にすぐには対応出来ない。
それこそ、まだまだリリコットの心の準備だって調っていないのだ。
ところでそういえば、アクィラ殿下の部屋と続き間のここが私の新しい部屋だとかいうミヨの話は本当なのだろうか?
そこも確認したいけれど、そうだと言われてしまっても対応に困る。
色々とあっぷあっぷになりすぎて、一旦落ち着いたはずの気持ちがまたざわざわと波立ち始めた。
なんとか時間が欲しい。そう考えてアクィラ殿下へと苦し紛れの声をかける。
「あの、アクィラ殿下……目を覚まされたとカリーゴ様にお伝えいたしましょうか?」
「ん?ああ、大丈夫だろう。適当に時間がくれば呼びに来る。それよりも、リリー」
ふっと空気が変わったと思った。それくらいはわかる。
どことなく甘やかで、それでいて少し重い。
ゆっくりと私にのしかかるようなそれに、押し潰されないようにと、ぎゅっとひざに置いた手に力を込める。
「リリー……?」
もう一度呼ばれた名前に、次に何がくるのかと一人戦々恐々とした。
が、思いがけず私にかけられた言葉は、少し緊張の色合いを含んだ懇願だった。
「そんなに震えるな。……いや、頼む。リリー、私に怯えないでくれ」
「…………アクィラ殿下?」
そんな言葉とはうらはらにアクィラ殿下の方こそ何かを恐れているような口調だ。
不思議に思いその瞳を窺い見れば、いつもの輝くようなエメラルドではなく固く鈍っている。
「急いで君を囲い込みをしている自覚はある。君がこうしてここにいる幸運に浮かれつつも、それが夢じゃないかと考えてしまうんだ。だからこそ、どうしても離したくない」
「で、んか……」
離したくないと言われて大きく胸が高鳴った。アクィラ殿下の瞳の奥に熱い光が灯ったように見えると、もしかして?そう心が勝手に期待してしまう。目がそらせない。
「聞いてくれ、リリー。私はあの日出会った時から……ずっと君のことだけを好きだった」




