剣の中
「ごめんなさい、ヨゼフ。あのね、ちょーっとよく聞こえなかったんだけど…………今なんて言った?」
「だから、俺がその権利書を持ってるらしいってことです」
大丈夫ですか、ちゃんと聞いてましたか?と言わんばかりに呆れた目を私に向けるヨゼフ。
いや、大丈夫じゃないわよ、全く。あまりにも驚きすぎたせいで、おかしな言葉遣いになっちゃったじゃない。
アクィラ殿下の目の前であまりにも公女らしからぬ言葉を使ってしまった。
変な目で見られていないかこっそりと横目で確認したが、そのアクィラ殿下といえば私から目を離してヨゼフの言葉に食いついていた。
「ヨゼフ、詳しく頼む」
いつもの鷹揚な態度とは違う、少し焦るような響きが混じる声でアクィラ殿下が尋ねると、ヨゼフは黙ったまま自分の剣を鞘ごとベルトから外す。
初めてじっくりとその剣を見てみたが、柄頭に狼が遠吠えをしているような彫りがあってなかなかに格好いい。
そうしてヨゼフの様子を見ていると、剣の柄頭をぐるぐると回し始める。確かに彼の剣の柄は、他の騎士たちが腰に下げている剣よりも太めだ。ヨゼフは背も高く手のひらも大きいから握る分に不都合はないだろう。
「こいつは元騎士副団長から、こっちへ来る前に持っていけと渡されたものです。元……ああ面倒くさい、まあそのセル親父がいざという時のために鍛えてもらった剣だとも言っていました」
そういえば元騎士副団長の名前は、セルビオ・ダイナーズ子爵だったことを思い出す。
だから、セル親父か。確かにヨゼフからしたら、両親が亡くなってモンシラで一人きりになった時に拾い育ててもらったのだから父親みたいなものかもしれない。
そうして柄頭を回し終えると、柄の中から丸められた何かを取り出す。
「だから多分そうなんだと思いますよ。俺はこれのことを、姫様の結婚の儀の直前に手渡すお守りだと聞かされてました。必ず直前に渡せ、と」
パッと見て十五センチくらいだろうか、細いリボンでくくられたそれを一度手の中で回したヨゼフは、なんでもないもののようにポンっと私の手の中に落とした。
「でもまあ、もう構わないでしょう」
スメリル鉱山の権利書……これが?
そう思うと、軽いはずのその紙が妙にずしりと重みを感じてしまう。
もし本当にヨゼフが言う通りに権利書なのだとしたら、全てが丸く収まるのだろうか?
あくまでメリリッサとしてだが、初恋の相手のアクィラ殿下と結婚できるのなら、私としては願ってもやまないことではある。
「確認しても?リリー」
「あ……はい。お願いします、アクィラ殿下」
私が答えると、アクィラ殿下は私の手からその用紙を受け取り、迷いなくそのリボンを解き中身を確認しはじめる。
真剣な表情で視線を動かし読み進めていく姿がなんともインテリっぽくていいな、なんて思ってぽうっと見惚れていると、紙の一番下のところまで移ったところでその動きが止まった。
それからふっと息を吐き出すと、その用紙をカリーゴ様に手渡した。
「本物、だと思う。スメリル鉱山の所有がモンシラ公国の第一公女にあると、確かに明記されている」
「そのようですね。一度念のために、モンシラ公国のバリオ三世大公殿下のサインと照らし合わせてみなければなりませんが、間違いないでしょう」
「ではカリーゴ、確認は任せた。だが、保管は今まで通りヨゼフに頼む。これに関して言えば、お前が一番信用できるからな」
そう言って、権利書を最初と同じようにリボンでくくると、私の後ろに立つヨゼフへと手渡した。ヨゼフもそれに対して当然のように受け取り、剣の柄の中へとしまい込む。
正にあっさりという感じだ。ノバリエス外交官が部屋を荒らし誘拐未遂まで企て探したはずの権利書が、実にあっさりと見つかってしまった。
いや実際にその隠し場所がわかったとしても、このヨゼフが持ち歩いていたのならまず手に入れることは難しかっただろうけど。
とにもかくにもスメリル鉱山の権利書は見つかり、私の手元にある。
ということは、つまり……?私がアクィラ殿下と結婚の儀を行うにあたって、障害となるものが何もないということになるのよね。
なぜこの権利書を元騎士副団長が持っていて、そしてヨゼフへと手渡したのかなど、疑問に思うことはまだまだ多いのだけれど、少なくともこの状況は私にとっては悪い事ではない。
そんなことを考えながら、ちらりとアクィラ殿下の顔を窺い見る。
すると殿下の方も私を気にしていたのか、ばっちりと目が合ってしまった。
「どうした?リリー」
「え、あの……いいえ。その、特に……なにも……」
さっきまで私が思い出したことを一通り説明はしたが、まだ話していないこともある。そしてそれはスメリル鉱山の権利書とは全く関係のない話だけれど、私にとってはそれと同等くらい重要な思い出の話だ。
それは勿論、私がアクィラ殿下と出会った時の、あのリーディエナの約束のことで――
とはいえ、いったいどのタイミングで話をすればいいのかと判断に苦しんでいると、距離を取ったはずのアクィラ殿下がいつの間にかまた、隣にぴったりとくっついていた。
そして殿下が私の両手をそっと優しく包み込む。
「何も、じゃないだろう?君は話をしてくれると言ったじゃないか。さあ、まだ話していないことがあるなら全部教えて欲しい」
ものすごくいい笑顔でそう促された。
「っ……あ……」
ええと、どうしよう。いや、ちゃんと話すつもりではいたよ、うん。けど、ここまで期待に満ちた瞳で見つめられると、かえって言いづらいといいますか、ねえ。
ちょっと気持ちを整理し直す時間が欲しいなー、なんて……
視線をきょろきょろと動かしてどうやってこの場をやり過ごそうかとしていたら、アクィラ殿下の手に力が入り、逃がさないとばかりに思い切りぎゅっと握られた。
「カリーゴ、あれは?」
「はい、仰せの通り。ですが……」
「そうか、それはまだか。仕方がないな」
なぜか私ではなくカリーゴ様に声をかけたかと思ったら、すぐにこちらへ向き直す。
「リリーが話し始めるまでは逃がすつもりはない。けれど……」
そう一言だけ前置きをしたかと思うと、アクィラ殿下はいきなり体を反転させソファーのひじ掛け部分に脚を投げ出した。
途端、え?と思う間もなく私の膝の上にアクィラ殿下の頭が乗っている。
「え、え?っ、ええ?」
「さすがに六日でボスバ往復は疲れた。私は少し休むから、その間に考えをまとめておいてくれ」
え、え、え?……って、ひざ枕―っ!
ばふっと音が立つほど顔の熱が一気に上がる。
ちょっと待って、誰か?と周りに助けを求めようしたけど、カリーゴ様を筆頭に皆静かに扉から出て行こうと動き出した。
いや待ってよ!口パクでそう伝えたが、唯一返って来たのはミヨからのピースサインだった。
違う、違うと腰を浮かそうとしたが、アクィラ殿下の頭に押しとどめられる。
う、うう。なんていう拷問?これじゃあ何にも考えられません……




