恋しさもせつなさも心強さも
一つ一つ、私が思い出したことを順を追って話し始めた。
メリリッサが私の婚約者となったばかりのロックス様に横恋慕をして、私に成り代わりガランドーダへと旅立ってしまったこと。
その折に、私を悪公女として断罪し、メリリッサの結婚の為に用意されていた持参金や宝飾品、家具やドレスなど全て持っていってしまったこと。
そして何故か入れ替わりを全て知りつつも、私をメリリッサとしてトラザイドのアクィラ殿下の元へと送り出したモンシラの大公と大公妃、つまり私たち双子の両親のことを、全部包み隠さずに伝えた。
続けて、そんな事情で何も持ってこられなかったはずの私に、以前からしつこく何かを引き渡すようにとノバリエス外交官がハンナを通じて要請していたことも話す。
それがたまたま今日ナターリエ様を追っていて出くわし、その渡すようにといわれていたものが、スメリル鉱山の権利書であったことを知ったのだと。
そこまで話し終えると思わず、ふうっと溜め息が零れ落ちた。それを期にアクィラ殿下がカリーゴ様へと目配せすると、手前のテーブルにさっと軽食とお茶が並べられる。
その香ばしく焼かれたパンや、甘くとろけそうな香りのカットフルーツの匂いをかいだ瞬間、くぅとお腹が音を立てた。
あー……そういえば、お昼前にハンナの見舞いへ行ってからの、大立ち回りだったのだ。日の傾き加減からいっても、それはお腹が空いても仕方がない時間になる。
だけれども……ううっ、なんで、ここで鳴るの!?
隣に座るアクィラ殿下へと横目を向ければ、握った手を口元へ置いて、堪えるように笑っていた。
やっぱり聞こえちゃってる……。でも、お腹の音なんて、聞かないふりをしてくれればいいのにな、もう。
そう思って、ぷいっと顔を背けた。するとすぐにお皿に取り分けられた軽食が差し出される。
「笑ったのは悪かった。だが体力も使っただろうから、少しでも食べておいた方がいい」
そう素直に謝られてしまうと、つまらないことに腹を立てているほうがバカらしくなる。
そもそもお腹を鳴らしたのは私の方なのだから、あまり文句も言えない。大人しくお皿を受け取ってフルーツを食べてみれば、思っていた以上にお腹が空いていたようで、次々と口に運んでしまった。
それを、目を細めて見ていたアクィラ殿下だけれど、カリーゴ様の発した一言でその表情が曇る。
「しかし、アクィラ殿下。スメリル鉱山の権利書が見つからないのでは、あまり具合のいい話ではなくなりそうですね。結婚の儀に差しさわりがでるのは間違いありません」
「ああ。逆に、それさえあれば全てうまく運ぶのだが……」
その言葉を聞いた途端、口に含んだフルーツを一気に飲み込んでしまった。
スメリル鉱山といえば確かにトラザイドの追加融資を受けてようやく発掘が叶った鉱山なのは、リリコットの知識として理解している。
けれどもその鉱山がそれほど私の、というかこの結婚に関係することになるなんて、全く知らされていなかったのだ。
「それは、どういったことなのでしょうか?」
おそるおそる訊ねてみれば、眉根をひそめたアクィラ殿下が苦々しい口調で答えた。
「リリーは、大公殿下、もしくは大公妃殿下より知らされていなかったのかな?スメリル鉱山の追加融資への条件というのが……まあ、色々とあった結果そうなってしまったのだが、私とスメリル鉱山の権利を持つ第一公女との結婚だった」
「それは……初耳です。今までにそのような話は聞いたことはありませんでした」
「まだ思い出していないということはない?」
「違う、と思います。それだけの事情があるのなら、見聞きした知識として覚えているはずです。思い出はまだ全て元に戻ったわけではありませんが、勉強したことの知識ならほとんど忘れてはいません」
そんな大事な知識ならば、ノバリエス外交官に聞かされた時に確実に気がついたはずだ。
そもそもメリリッサがその権利を持っているということもだが、メリリッサの身替りとしてこの私をトラザイドへ送り出したにも関わらず、結婚の必須条件であるスメリル鉱山の権利書の話を誰一人として一切してこなかった。
ということは、モンシラ側からすればこの結婚の儀は滞りなく進められるよりもむしろ、問題が起こり白紙になってしまう方を狙ったものではなかったのだろうか。
そう考えれば、いやそう考えなければ私に知らせなかった理由がつかない。
これは……もしかしなくても私の今の立ち位置って、ものすごく危ないところにいるんじゃないのだろうか。
せっかく思いもかけず初恋の人アクィラ殿下に私がリリコットだと認めてもらったのに、このままでは契約不履行でそのままモンシラへと強制送還もありえる。
モンシラへ?自分でそう考えて、背中にぞっとしたものが走る。
リリコットをメリリッサだと言うことにして、何も持たせずに追い出しておきながら、やっと見つけた幸せの芽をまた摘み取られてしまうのか?
いやだいやだ、絶対にそれはいやだ。
ぶるりと体が震えた。
そんな私の肩に手を置いたアクィラ殿下が、静かに、でも力強い言葉ではっきりと伝えてくれる。
「大丈夫だ、リリー。絶対に私がなんとかする。だから怖がらなくていい」
その瞳にはほんの少しの迷いもなく、私を慰めるだけの言葉を口にしているのでないのがわかった。
だから信じられる。あの日小さかった私たちが、理由なく未来を信じて交わした約束よりも、ずっと確かなものだと思うから。
「……では、怖がりません。私もアクィラ殿下と一緒に努力します」
そうだ、怖がって震えていても何もならない。リリコットは今までメリリッサにされてきたことを全て諦めの気持ちで流してきたようだけれど、それではいけなかった。
リリコットは今までずっと避けて逃げるたびに、心に小さな傷を負ってきたはずだ。
大きな傷ができなければそれでいいと思いながら。
でもそれだけではダメなのだ。それでは一生傷を作っては、小さいからまだ大丈夫だと自分をごまかしているだけになる。
だから私はアクィラ殿下に頼るだけではなく、一緒に現状をなんとかする努力をしたい。
その思いを言葉にして伝えれば、アクィラ殿下はほんの少しだけ瞳を潤ませ泣きそうな顔をした。そうしてアクィラ殿下は私の頬に両手を添える。
「ああ、やっぱり君は私のリリーだ。その瞳、その強さ。全部、あの頃のままだった」
もう一度お互いの額をこつんと合わせると、そのじんわりとした温かさに私は浸ってしまう。恥ずかしいという気持ちなどすっかりと忘れて、いつまでもこうしていたいと感じていた。




