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告白

 突然の宣告にぶるぶる頭を振って抵抗しようとしたが、それもあっさり「はいはいはーい」と流され支度を済まされた。

 できる限り髪の水気を切ってから長い金髪を二つおさげに結ってもらい浴室から出る。

 簡単なワンピースだと思っていたのだけど、ミヨ監修の元に、お腹周りに綺麗な刺繍の入った長い布で大きなリボンの飾りを作り、ふくらみのあるペチコートを重ねて履けば普段着用のドレスとそれほど変わらなく見えた。


 まあこれなら見苦しくもないかな?と思うほどには、すでに思考がこちらの世界にどっぷりと浸かっている。ひざ丈のスカートやジーンズで街中を歩いていたのが今ではもう遠い昔のような感覚だ。

 頭の中身や突発的な行動はなかなか変えられないが、文化的な価値観はだんだんと染まってきた気がする。


 これもやっぱりリリコットとしての記憶と百合香が同化してきている証拠なのだろうか。

 そんなことを考えつつさっきの部屋へと続く扉をくぐれば、真ん中に置かれた花柄のソファーに身支度を終えたアクィラ殿下がすでに座っていて、横に立つカリーゴ様と何か話をしていた。


 どきん、と胸が高鳴る。

 薄いグレーのシャツの首元ボタンを二つ外し黒のズボンという姿。随分とくだけた格好のアクィラ殿下は、まだ乾ききっていない髪の毛を気にしながらかきあげていた。

 なんだろう、少し髪が伸びた感じがするからなのか、鎖骨が見えるような部屋着だからなのかわからないけど、なんとなく普段よりも野性味が溢れているように見える。


 どうしよう、どうしよう。見ているだけでドキドキが止まらないんだけど、本当に私にここへ住めというの?ちょっと胃までシクシクしてきた。

 やっぱり今すぐというのは無理だ。その手の順序はきっちり守って、その間に覚悟を決めさせてもらおう、そうしよう。

 と、拳に力を入れたところで、アクィラ殿下が私に気がつきソファーから立ち上がった。


「リリー、もう大丈夫か?」


 言うやいなや、あっという間に私のところまで近づき腕を背中に回した。

 そうして軽くしゃがむという姿勢を取り出したところで、はっと我に返る。


「だ、大丈夫です、アクィラ殿下!その、歩いて行けますから……」

「しかし、体が痛むだろう?遠慮はしなくてもいい」

「遠慮はしていませんっ。どうか、どうかそのまま」


 っ……危なかった。やっぱりお姫様抱っこされるところだった。


 いや、さすがにこれだけすっきりしておいて、本当に歩けない訳でもないのにお姫様抱っこという選択はない。大体恥ずかしいよね。

 部屋の中を見回せば、いつも私に付いてくれているハンナ、ミヨ、それからアクィラ殿下の従者であるカリーゴ様が知らん顔をして各々の場所に待機しているが、その気遣いすら恥ずかしい気がする。


 若干不服そうなアクィラ殿下だったが、それ以上の無茶を言うことなく私をソファーまでエスコートしてくれた。そうして向かい合う大きなソファーの一つ、後ろにカリーゴ様が立っている方へと私を座らせると、当然のようにその隣へと腰を下ろす。


 あれ、なんでこんな大きなソファーが二つも向き合わせで置いてあるのに、この距離なのだ?

 いくら婚約者とはいえ非常時ではないのだから、こう……もう少し適切な距離というものがあるんじゃないの、かな?


 ちらりとアクィラ殿下の顔を窺い見れば、ばっちりと目が合ってしまった。こちらを向いて見せる笑顔はとても優しい。

 そして吸いこまれそうなほど美しい緑のその瞳には私しか映っていなかった。


「リリー……リリコット。君は、私のことを思い出してくれたのだろう?」


 その真っすぐな視線を受けて、思わず赤らんだ顔を下に向けてしまう。


 ど、どうしよう。ちゃんと言わなければいけないのはわかっている。

 私だってアクィラ殿下との記憶を思い出してからは、私が知っていること全部告白しようと決めていた。けれどいざとなると、どうしてもためらいの気持ちが大きくなる。


 十年前、初めて会った時からアクィラ殿下のことを好きになっていた。

 いつか約束のリーディエナの花を一緒に見に行くのだと、はりきってボスバ語を習うくらい真剣に。


 だからこそ、その大好きな人を騙すような真似をして、ここトラザイドへメリリッサの身替わりとして来たことを知られたら、やっぱり嫌われてしまうかもしれないと思って言葉が出てこない。


 うつむいたままなんと口にだせばいいのか悩む私の左手に、アクィラ殿下の右手がそっと重なった。

 私が八歳、殿下が十歳の頃とは違う、成長した男の人の手だ。

 すらりと伸びた、でも少しだけ骨ばった指が私の手の甲を優しく撫でてくれている。


 その温かさに勇気をもらって段々と気持ちが落ち着いてくると、アクィラ殿下のその手が小さく震えているのに気がついた。

 はっとして顔をあげれば、私を見つめる表情にもどこか余裕のない色が滲んでいた。


 ああ、アクィラ殿下も不安なのだ。

 それなのに私を急かす様なことも聞かずに、ずっとこうして私が自分から話すのを待っていてくれている。


 こくんと息を飲み込み、添えてくれていたアクィラ殿下の手を逆の手で握り返す。

 どんな言葉でもいい、自分でちゃんと話さなきゃいけない。

 だから――


「聞いてもらえますか、アクィラ殿下?私の……リリコット・カシュケールの話を。少し、長くなるかもしれませんが」


 ようやく探し出した言葉をアクィラ殿下に伝えれば、彼はわかっていると言うようにゆっくりと頷いた。金色の前髪が、きらきらと跳ね上がる。


「もちろん。私はねリリー、君がそう言ってくれるのをずっと待っていた」


 そうして満面の笑みを浮かべ答えてくれた。

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