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お嫁にいけないわたし?

 お前かーっ!


 おおよそ予想をしていたこととはいえ、私の部屋を荒らした犯人、ノバリエス外交官があまりにもあっさりとその犯行を自供したことについて、大声で追及しそうになった。

 しかしすんでのところ理性が本能に打ち勝ち、両手で口元を押さえる。


 危ない、危ない。せっかく四阿に居る三人に気がつかれていないのに、自ら私の存在をばらしてどうする。

 とりあえず実行犯がわかったのだから、どうせならばその理由も知っておきたい。それがわかれば今ここで追及できなくても、おいおい取り調べることができるだろう。

 だから続きをと、ゆっくりと四阿に向かい視線をあげた。そこにわざわざ耳を澄ませなくても、激高したナターリエ様の声が落ちる。


「勝手に、ですって?……なんて失礼な。ええ、本当に失礼だわ。あの、リーディエナの香水、本来ならば、わ、私がアクィラ殿下より頂戴すべきものなのよっ!それが、あんな悪公女などに……」

「ええ、ええ。そうですわ、私もそう思いましたから、ナターリエ様へとお返しした(・・・・・)だけでございます。持ち去ったなど……人聞きの悪い。御自分のお国の公女様のお部屋に盗みに入ったノバリエス様ではあるまいし」


 凄いな、この二人。自分の悪行を堂々と肯定しておいて、ノバリエス外交官を落とすあたり、素晴らしくブレのない高慢ちきさだ。突っ込みどころは大いにあるが、なんだか妙に感心してしまった。

 そしてノバリエス外交官の方も、彼女たちに負けず劣らずの逸材だった。


「手癖も悪ければ頭も悪いのですね、貴女方は」

「なっ、なんとおっしゃいましたの!?」

「確かに私はそちらの侍女にメリリッサ公女殿下のお部屋へと案内されましたが、何一つ持ち帰ってはおりませんよ。それに引き換えその侍女ときたらお部屋を荒らした上に、王太子殿下より賜った香水を盗んだではありませんか」

「……っそれは、あなたが目当てのものを見つけられなかっただけでしょう!?」


 ドーラという侍女が声を震わせ反論する。ノバリエス外交官を手引きして盗みに入ったものの、実際に物を盗んだのが自分だけだったと、今ようやく気がついたようだ。


「私はモンシラでの重要なお話を届けるために、非正規のルートでお伺いをたてましたが、メリリッサ公女殿下がお部屋にいらっしゃらないのですぐに退出いたしました。その後のことは知りませんと名乗り出ましょうか?もちろん、案内してくれた侍女とそれを斡旋してくださった貴女のお名前を添えて」

「あ、あ……」

「友好国モンシラの外交官の私と、日ごろから悪公女などと噂話を広めまわる貴女と、どちらを信用していただけるかは一目瞭然でしょうね」


 一瞬の沈黙。そこにドーラの啜り泣きのような声が漏れる。

 それを聞きながら私は思った。ハンナからの話でノバリエス外交官のことを聞いた時、馬鹿だ馬鹿だと考えていたがどうやらそれは違ったようだ。


 とんだ大馬鹿ものだわ、あのクソ野郎!


 馬鹿だなんて言い方は可愛いらしすぎた。

 だいたい私の部屋の見分はすでに済んでいる。あの荒らし方、文机の壊しっぷりといい、侍女一人でできるような仕事ではない。それにどうして盲目的にノバリエス外交官の言い分だけを信用すると決めつけているのだろうか。


 持参金も出そうとせずに、こちらへの要望だけを突きつけてきたのはどっちだと言ってやりたい。

 あんた、私にめちゃくちゃ嫌われているのにな、と。


 これ以上の話は聞くに堪えない。理由なんてとっ捕まえた後にでも聞き出すから、とっとと帰ってくれないかなと考えだしたところで、ナターリエ様が喰ってかかった。


「あ……あなたがっ、あの悪公女がモンシラより持ち出したものを、どうしても持ち帰らなければならないと、床に額をつけて言ったのよ!」

「はて、私が?まさか!そんな屈辱的なことをいたしましたでしょうか?」

「とぼけないで!……そうすればアクィラ殿下との婚約も白紙に戻り、悪公女もこの国にはいられなくなるというから、ドーラに手伝わせたというのにっ!」


 ………………は?今なんて言いました、ナターリエ様?


 私に覚えのない『それ』を、持ち帰られると婚約がなくなる、と言ったよね、うん。

 そしてそれは、あれだけ荒らされたにも関わらず、部屋の中にはなかった。あの三人は、私が上手に隠したから見つからなかったと思っているようだけど、そもそもその存在を私は知らない。


 もしかしてこれって、ほっとくと私はアクィラ殿下と結婚の儀が挙げられないということなのだろうか?ええと、どうしよう……


 百合香としての記憶を思い出した時、アクィラ殿下から心無い言葉をかけられた時、リリコットとメリリッサの入れ替わりを知ったばかりの時ならばそれもあっさりと受け入れたかもしれない。

 いや、きっとこれ幸いと思いながらモンシラへ帰っただろう。たとえ悪公女の名を受けいれて隠遁生活を送ることになっても、メリリッサの名を騙り続けそれに怯えてトラザイドで暮らすよりは余程マシだと思いながら。


 ……でも、今は違う。トラザイドでも悪公女の噂はあるものの、アウローラ殿下やイービス殿下など周りの人たちは皆、私をちゃんと見てくれて接してくれている。


 それに何よりも、初恋の人――アクィラ殿下の側にいたいと、私自身が思ってしまった。

 リリコットでもあり、百合香でもある、私が、だ。


 だったら?もしここで、『それ』が何かわかるのならば知っておきたい。そうして、なんとかして見つけ出さなければならない。

 だから耳を澄まして次の言葉を待った。すると静かな築山の上で、バシン!と何かを叩くような大きな音が響いたのだった。

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