あやつり人形
渋るルイード君は何度かこちらを振り返っていたが、そのつど指を来た方向へと向けた。あれだけのケガだから、本当は介助すべきなのだろうけど、今のこのチャンスを逃したくない。
ごめんね、と心の中で謝りながら行動に移した。
そうして出来るだけ音を立てないように、教えてもらった場所にたどり着く。確かにここは四阿の裏側になるようで、わざわざ覗き込まなければわかりにくく思える。
その四阿は私の背丈を少し超すくらいの高さまで土を盛った築山の上に建っていて、小学校前あたりまで施設にあった滑り台を思い出した。
小学校入学前の子どもからみればちょっとしたその山を、階段ではなくあちらこちらから登って滑る順番を取り合うスタイルの滑り台は、あの頃の小さな権力争いのようなものだったなと懐かしく思う。
それが今では本物の権力争いの場になりそうな雰囲気だ。
「ああ、もう悔しいったらないわ。どうして私が王宮へ来るのにこんなにもこそこそとしなければならないのっ!?きっとあの悪公女がアクィラ殿下にあることないこと言いつけたせいよ」
イライラとした口調で語るナターリエ様は、私への悪意を隠すつもりもないらしい。
いや待て、アクィラ殿下には『あること』しか伝わってないんですが?しかも私が言ったわけじゃないんですけど。
などと考えつつも口を出してはいけないと、ぐっと我慢をする。
その間にもまあ、私をこき下ろす、こき下ろす。人格批判から見た目批判まで、よくもまあそれだけ文句を言えるなと感心するくらい続く。
あの、私貴女とあのお茶会で一度しか会ったことないよね。それにしては、ちょっとその内容が細かすぎてもやもやする。
初めて会った時にアウローラ殿下を泣かせたなんていう話は誇張でしかないけれど、殿下付きの侍女がそこにいるのだから知っているのもわかる。
でも、私がケチすぎて侍女たちに雀の涙ほどの給料しか渡してないってのはどこから聞いたんだろう。
悪いけど、正規にお金を借りて、しっかりと払いましたーっ!
しかも、ちゃんと休みの日にはお小遣いまで渡してますーっ!
ああもう、いい加減自分の悪口を聞いているのに飽きてきた。この二人の会話が愚痴と中傷しかないのなら、これ以上話を聞いていても時間の無駄なのかもしれない。
そんなことを考え始めたその時、バタンと大きな音が立った。
「ちょっと、ドーラ。それにしても、私を一体いつまで待たせるつもりなのかしら?」
見えていないから想像するしかないけども、どうやらナターリエ様が持っていた扇をどこかしらに叩きつけたようだ。
「申し訳ありません、ナターリエ様。もう約束の時間なのですけれど……」
そしてドーラと呼ばれ、おろおろと返事をしたのがアウローラ殿下付きの侍女に違いない。ナターリエ様も随分とその名を呼び慣れているようだけれど、どんな繋がりがあるのだろうか?
それに、約束の時間ってなに?
……それってもしかしなくても、今からここに誰かが来るということ?
彼女たちの会話を聞き身構えたその時、ざりっと、土を踏みしめる音が耳についた。
これが、彼女たちの言っていた待ち合わせの人物なのだろうか。少なくとも筑山を登るその足音は一人分にしか聞こえない。
だったらと、静かに体をよじらせて足音の方を覗き込んでみる。向こうからバレる可能性もあるが、これは一つの賭けだ。
顔だけでも見ることが出来て、それがどこの誰なのかわかれば儲けもの。もしバレたらバレたで、一気に走って逃げ切ればいい。この密会をアクィラ殿下に伝えて、ナターリエ様を締め上げればいいだろう。
そうしてゆっくりと足からなめるように上へと視線を移していく。
比較的地味な格好だけれども仕立ての良さそうなフロックコートはいかにも王宮へ出入りのできる貴族といった感じだ。そして意外としっかりとした体格の割に、周りに気を使う様な素振りを見せずに筑山を登っていく様子から、あまり頭が回るタイプではないらしい。
顔は二十代後半くらいで、一見きりりとした眉に精悍さを感じないこともないが、尖らせた唇や不機嫌そうな面持ちに内面的な幼さが漂う。
「ええと…………誰?」
見たことはあるような気はする。けれどリリコットとしての記憶が欠如している今となっては、一から勉強の記憶を引っ張り出さないと無理だ。
んー、んー、といくつかの記憶のページをめくっていくうちに、モンシラの貴族名鑑のある一ページでそれが止まった。
「ノバリエス様、侯爵家の私を呼び出すなど失礼でしてよ。どういった御了見かしら?二度とお会いすることはないと申し上げましたでしょう」
あれだー!外交官だよ。ノバリエス子爵家のっ!
いやいや、この間は役職と爵位しか思い出さなかったから気が付くのが遅れた。なるほどこんな顔だったのか、あんまり馬鹿なことを言い出していたから、もっとひょろくて馬っぽいと勝手に想像していたわ。
なんてくだらないことを考えているうちに、築山に登り切ったノバリエス外交官はナターリエ様の問いかけに不機嫌さを隠すことなく話し始めた。
「私とて二度もお会いするつもりなどありませんでした」
「あら、気が合いますのね。それならば失礼させていただくわ」
不遜な態度でナターリエ様が言い放つと、はっ、と明らかにバカにしたように大きく息を吐き出す。
そして、驚くべき言葉を口にした。
「そちらの子飼いが目当てのものを見つけられなかったのだから仕方がないでしょう。それどころか、よくも足のつきそうな香水など勝手に持ち去ってくれたな」




