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ハイド・アンド・シーク

「ぃっ……」


 ナターリエ様の元護衛騎士ルイード君の手が目の前まで迫ったその瞬間、ビクついた私は思わず大声をあげるところだった。


 しかしそれを制したのは、なんとそのルイード君自身だ。

 指を揃えた手のひらを、私の口元すれすれで止める。そうして、シッと小さな声で私に静かにと伝えてきた。


「え……ルイードく……様?」

「メリリッサ公女殿下、このような姿で御前に出た上に無礼な振る舞いをしてしまいましたことをお許しください」


 模擬戦でのケガ療養のために騎士見習い宿舎で入院しているため、生成りのノーカラーシャツに少しダボついたズボン、踵を踏みつぶしたような靴に白い松葉杖という姿のルイード君は、その格好が気恥ずかしいのか眉を少し下げながら言った。


 いえいえ。恥ずかしい格好というのならば、捲り上げて窓から飛び出した為に皺になり、そのまま走って土埃で汚れたドレス姿の私の方がみっともないと思うので気にしません。

 それに無礼どころか、私がルイード君に驚いて大声を上げようとしたところを止めてくれたじゃない。

 あのままだったら間違いなくナターリエ様と侍女に気づかれていたと思う。


 だから気にしないでね。そう気持ちを込めて頷けば、彼は下がったままの眉で無理矢理表情を取り繕い、体を斜めに向けて来た方向へと道を開けた。


「メリリッサ公女殿下、……ナターリエ様が謹慎を破って参内していることは私が確認次第、後ほど報告上げさせていただきます。これ以上は公女殿下に何かあっては申し訳がたちませんので、どうぞお帰りになりますようお願いいたします」


 持っている杖の握り手に力を込め、ルイード君は深く頭を下げる。

 何故彼がここに居るのかという理由はさておいても、片足と肋骨にヒビが入っている状態でここまで来ているのだ。

 いくらビューゼル先生の作るレールチコリの痛み止めが優秀だといっても、本来ならまだ動けるようなケガではない。生半可な考えでこの場に居るわけではないのはわかる。


 けれども私だってそう簡単に引くわけにはいかない。

 どう考えても彼女たちの動向は怪しく、そしてとても不自然だ。たとえ私の部屋を荒らした事件に関係なくても、謹慎中の侯爵令嬢と王女殿下付きの侍女が、王宮内の人目に付きにくい場所で示し合わせるのはそれなりのわけがあるのだと思う。


「……いいえ。ナターリエ様と、一緒にいるアウローラ殿下付きの侍女の二人には、直接確認したいことがあるの。それが叶うまでは帰るわけにはいかないわ」


 そうきっぱりと言い切れば、ルイード君はほんの少しだけ泣きそうに眉をしかめた。それでも一切引く気がない私の気持ちを汲んだようで、すぐにその表情を引き締める。


「それでは、ここは四阿から丸見えになりますので、どうぞあちらへ」


 そう言って指さした場所は、さっき私が回って行こうとした所とは真反対の方向だった。

 見たところそっちは四阿の裏側になっていて様子が窺えそうもない上に、池のような水面が見えたから避けたのだけど大丈夫なんだろうか?もしかして、罠?

 そんな私の疑いを察したように、ルイード君は言葉を続ける。


「あの場所は四阿のすぐ下になりますから声は聞こえますが、死角になっていますので覗き込まない限りはまず気が付かれません」


 なるほど。話を盗み聞きするのにはもってこいの場所というわけだ。でもよく知ってるなーと感心していると、ちょっとだけ耳を赤くしながらぼそりと呟く。


「ここは見習いの宿舎から近いものですから、その……」


 あー、はいはい。つまり、見習い君たちが侍女の娘とかちょっと気になってる娘なんかとの内緒のデートに使う場所っていうことか。全部言わなくてもいいよ、そこまで私は野暮じゃない。


 まあ前世含めて色々とあったから待ち合わせデートなんて生まれてこの方したことないけどさあ。

 ……あれ?いや、アクィラ殿下と示し合わせて遊んだのはデートとは言わないのだろうか?うーん、私は好意を持っていたけれど、そこはどうなんだろう。


 そう言えば、アクィラ殿下はリーディエナの花を一緒に見に行こうと、私は花の刺繍をすると約束はしたものの、別にそれ以上のことは何も言っていなかった。


 うわぁ……もしかすると、私の方だけが一方的に想っているだけかもしれない?

 だとしたら、やっぱり今日帰ってきてから、私がリリコットだと話していいものか、ちょっと悩むな。


「あの、メリリッサ公女殿下?」

「あっ、と、ごめんなさい。では行きましょう」


 なんだか変な方向へ頭が動いてしまったので、それを追い払うように頭を振る。そうしてルイード君の後ろについて四阿の裏の方へと足を向けた。

 しかし、ルイード君は一歩足を踏み出すたびに、ぐっと何かに耐えるような呻きを漏らす。やっぱりヒビの入った足と肋骨が相当痛そうだ。せっかく綺麗にくっつきそうだとビューゼル先生が言っていたのに、このままじゃあ酷くなってしまうに違いない。


「ルイード様、あなたは今すぐ戻りなさい。そしてカリーゴ様へこのことを伝えて」

「しかしっ……メリリッサ公女殿下をお一人にするわけにも参りません」

「今のあなたはハッキリ言って足手まといにしかなりません。それならば一番迅速かつ有効に物事を運べるように動いてもらいます。これは命令よ」


 私の王太子殿下の婚約者という立場で命じれば、トラザイドの騎士の名を持つルイード君は断ることが出来ない。

 それでももしルイード君のこの対応が演技で、ナターリエ様たちと結託して私をあの場所へと向かわせようということだとしても、ここで無理をして付いてこようが引き返そうがどっちでも同じことだろう。


 どちらにしても私は行くし、彼が引き返せば少なくともこれ以上ケガの悪化は防げる。

 だから、早く行きなさい。そう言う代わりに来た方向へ指を向けた。ギリっと強く歯ぎしりの音が立つ。そうして泣き出しそうな顔のルイード君が懺悔をするかのように小さく唸った。


「一昨日、ナターリエ様が今日と同じように人目を忍んでくるのを見かけました。何度か、カリーゴ様へとお伝えしようかと思いましたが……それでも、何をするわけでもないのだから、わざわざことを大きくすることはない、と。黙っていて申し訳ありません……」


 つい先日まで騎士の誓いをたてる主だったのだ。その主であったナターリエ様が、謹慎中に王宮へ足を運ぶ意味が軽いものではないとわかっていても報告できなかった。

 いきなりの解雇も、まだルイード君の中では納得できない部分もあるのだろう。


 それが、昨日の私の部屋の泥棒騒ぎだ。

 まさかと思いながらも、今日また同じように見かけてしまったことに驚き、動かない体に鞭を打って追いかけてしまった、と。


 簡単な説明を受け、色々と言いたいこともあるのだけど、今はそれを飲み込む。

 だったら余計に早くカリーゴ様にこのことを伝えるべきだと判断したからだ。


 悔恨の表情のルイード君へ向かい、もう一度戻れと指示をした。

 悔やむのは後にして、今必要なことをしなさいと、彼に発破をかけるのと同時に自分にも言い聞かせた。


 さあ、鬼が出るか蛇が出るか。なにはともあれ、行くしかないでしょう。

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